台湾クーンツ。
綾辻氏訪台祭り、ということで、今回は既晴氏の作品の中から一つ、「請把門鎖好」を取り上げてみたいと思います。本作は以前このブログでも紹介したイチオシの「別進地下道」の前年にリリースされた作品で、ミステリとサスペンスの構成にオカルトと狂氣をブチ込んだ風格は「地下道」に共通するものの、本作ではよりサスペンスの要素が前面に押し出されているところが秀逸で、さながら台湾版のクーンツとでも呼びたくなるような作品に仕上がっています。
物語はノイローゼの作家が入院先で知り合った刑事から奇怪な事件の話を聞く、というもので、プロローグにおいてこの語りの結構が明かされた後、刑事を主人公とした奇天烈な物語が幕を開けるのですけど、これがもう冒頭から全力疾走。
マンションの婆から連絡を受けた刑事が何事かと駆けつけてみると、その婆曰く、ドでかい鼠が出てきて困っていると。こんなにデカい鼠がいるってことは絶對にこの部屋に死体があるに違いないから是非ともそいつを探していただきたい、と。この婆の激しい電波語りに駆けつけた刑事もタジタジとなるものの、彼は樣々な推理を働かせて、假にこの婆のいうことが本當だとしたら死体は上の部屋にあるんじゃないかと確信。
で、實際に上の部屋を開けてみると本當に鼠に喰われた死体が出てきたから吃驚仰天、またこの部屋が密室状態であったとしても自殺ではありえない。更にこの死体の男は少し前から食い物をため込んで部屋の中に引きこもっていたというから尋常じゃない。
果たして捜査の過程で部屋の中から見つかったビデオを再生してみると、男が若い女にインタビューをしている映像があって、刑事はこのセンから更に事件の謎解きを進めていくものの、ここに突然、自分は今回の事件を解く鍵を持っているという怪しい男が登場。
この男はとにかく一緒に事件の現場となった鼠部屋に來てくれといってきかない。そこで何としても事件を解決へと結びつけたい刑事は男と一緒に件の部屋に向かうのだけども、真っ暗な部屋に到着するなり男は勝手に降霊術のワンマンショーを開催、殺された男の霊を召喚すると意氣込むものの、何だか違うものを呼んでしまったのか悲鳴を上げて御臨終。
死体を抛擲したまま刑事は男が持っていた身分證を頼りに彼の家に入ると、書斎にはズラリとオカルト本だの催眠本が竝んでいたから吃驚ですよ。さらに男が記していた手記の中には、ビデオに映っていた女との關係が明かされてい、どうやら今回の一連の奇妙な事件の鍵はこの女が握っているらしい。
で、男はこの女を靈媒に見立てて數々の催眠術だの怪しげな降霊術の実驗を行っていたことが明らかにされるのですけど、この刑事はここからリアルな世界へ戻ることを拒否して、怪しいオカルトワールドへダイブ・イン。
怪しい男が殘していた手記を元に自らの肉体を靈媒に見立てて、怪しい男の霊魂を召喚しようとド素人ながら危険な実驗を大敢行、果たして夢とも幻覺ともつかない中で男と邂逅した刑事はその話を元に捜査を進めていくのですが、その過程でついに女の居所を搜し當てます。果たして二つの殺人事件の背後には何があるのか、……という話。
ここに既晴氏の作品ではお馴染みの殺人魔洪澤晨のエピソードや中世オカルトの知識もふんだんに盛り込んで、物語はサスペンスフルに進みます。そもそも、プロローグの語りのところで、件の刑事は「このネタは推理小説にはならないよ」と註釈をつけている通り、物語は現実世界とは完全に乖離したところで展開されていくのですけど、全ての事件が集束したあと、再び最後に作家が全ての事件をリアルに引きよせて推理を行うという趣向です。
しかし中盤までは刑事の狂氣を交えていかにも普通らしく進められていた推理が次第にねじくれていくところが見所で、ミステリとオカルトのあわいを激しく搖れ動き乍ら最後には一つの解を完全に抛擲して幕引きとなるラストの衝撃はかなり異樣。
「別進地下道」では中盤以降に鏤められていたオカルト的な伏線が、主人公の幻視によってその全てが回収されるというミステリ的な構成が採用されていた譯ですけど、本作ではまだその點、ミステリというよりは幻想小説やホラーの結構に留まっています。
サスペンスとオカルト風味イッパイの作風からクーンツや、B級ハリウッド映画を想像してしまうのですけど、実は中盤に開陳される第一の殺人の推理や、作家による狂氣の推理など、ミステリ的な要素も盛り込まれているところに注目で、本作はホラーや幻想小説から「別進地下道」でよりミステリ的な要素を強めていく過渡期に書かれた作品と位置づけることが出來るのではないでしょうか。
この西洋魔術に傾倒した雰圍氣は以後、「網路凶鄰」によってミステリ的な開化を見せ、さらに異樣な推理と狂氣の融合は傑作「魔法妄想症」を髣髴とさせます。以前はミステリだと思って讀み始めたゆえ、この意味不明な結末には唖然としてしまったのですけど、ミステリから離れて再讀してみると、次第に刑事が狂氣に落ち込んでいくさまや、後半のクーンツ顏負けの「やりすぎ感」溢れる展開などかなり愉しんで讀むことが出來ました。
やはりその作品にはその作品なりの讀み方、愉しみ方というのがあるよなア、と感じた次第ですよ。ミステリとしては「魔法妄想症」や連作短篇「獻給愛情的犯罪」などの方が上ながら、しかしより狂氣へと傾いた幻想ミステリとして見れば本作も十分に愉しめると思います。
訪台前に、どなたか綾辻氏に既晴氏の作品を紹介してもらえると座談會の時にムチャクチャ盛り上がれるかと思うんですけど、ダメですかねえ。座談會のネタはより幻想ミステリ、オカルトへと傾倒した「暗黒館」だし、狂氣と幻想に彩られた作風を得意とする既晴氏と綾辻氏は非常に相性が良いと思うのですが如何でしょう。