ロンリーメンの男節、純朴男の初戀一人語り。
表題作と「吉敷竹史、十八歳の肖像」は既に讀了濟だったので今回はスルーしようかと思っていたんですけど文庫書き下ろしである「電車最中」が収録されているというので結局購入してしまいましたよ。
で、書き下ろしの「電車最中」なんですけど、結論からいうとまあ、御大のファンというよりは吉敷ファンであれば愉しめるかな、と、そんなかんじです。物語は大きく前半後半に分かれておりまして、「灰の迷宮」に登場した刑事が奇妙な銃殺事件の謎を追っていくという展開で、タイトルの電車最中というのは、銃殺死体となって転がっていた男のポケットから見つかった最中のこと。路面電車の形をしていたところから地元九州の土産物か何かと思いきや、これが東京のチンチン電車のものであることが判明します。
犯人と思しき人物は禿の巨漢で、こいつは東京でこの土産を買ったあと地元に戻ってきて被害者を殺したと思われる。で、この禿が東京に行って電車最中を買ったということの確証を得るために件の刑事は上京するのだが、……というのが前半です。
吉敷からのアドバイスもあって、刑事は禿男がこの土産を買っていた店を突き止めるのですが、後半は上京刑事の独演會。思い出のある飮み屋で吉敷を前に、若かりし頃の初戀をグタグダと語りまくるという展開で、このあとに件の電車最中事件で思わぬドンデン返しを見せるのかと思いきや、金色夜叉か、はたまた田舍ものの純朴君よりもアイビー野郎のハンサムボーイに靡いた女の悲慘なエピソードが語られ、物語は唐突にジ・エンド。
もっともこの田舍刑事が醉いにまかせて自らの初戀体験を饒舌に語るシーンもその台詞回しが見事で、投げやりに相槌を打って返す吉敷もいい味を出しています。普通の話も御大が書くと何故こうも讀ませるお話に化けてしまうのか、これこそが島田マジックなのかなア、と思わせる短篇でしたよ。
御大のファン以外はスルーしても良いかと思いますけど、吉敷ラブの腐女子や自分のような御大マニアにはやはりマスト。ノベルズを既に讀まれている方も「電車最中」のあと再び「肖像」に戻って、男節をめいっぱいに効かせて描かれる学生時代の吉敷に感動するのもいい。「肖像」は、雨の中の日光をウロつきまわって最後、アメニモマケズから人生の啓示を受けるラストシーンの美しさには男泣きも必至。やはり何度讀んでも感動してしまいます。
で、この文庫版なんですけど、ノベルズと比較すると中盤に収録されていた「吉敷竹史の旅」がばっさりカットされているのが辛い。文庫でも解説を書いている弁護士の山下氏とのサムい対談が省かれているのはいいんですけど、この寫眞は掲載しておいてもらいたかったですねえ。この寫眞を眺めつつ、「夕鶴」や「涙流れるままに」の物語を回想するという愉しみがあったのにと思うと、これは非常に殘念です。
因みにノベルズでの対談では慰安婦裁判でウダウダいっているあたりが自分的にはかなりイヤで、このイヤな雰圍氣は文庫版でも山下氏の解説にシッカリと繼承されています。本作の物語の余韻にどっふりと浸っていたい方におかれましては、この解説は讀まずに本を閉じてしまった方が吉でしょう。
慰安婦云々のコメントこそないものの、死刑制度反対をアジテートする政治性が前面に押し出された本文庫の解説は相當にアレで、正直物語を讀んだあと感動の余韻に浸っているところへ水をブッかけられたような不快感が自分的にはかなり欝。
死刑制度反対や冤罪事件に關する御大の熱い思いも、こうして物語に託してあるからこそ心を搖さぶられるのであって、物語を離れた解説文でウダウダいわれてはプロ市民のアジビラと變わるところはありません、……ってちょっといい過ぎですかねえ。
でもあまりに本作の男節感動物語とは乖離している雰圍氣ゆえ、クドいくらいに警鐘を鳴らしておかないと、ウッカリこれを讀んでしまったが爲にせっかくの感動もブチ壊しとなってはアレなんで、かなり強い調子で書いてみた次第です。まあ、このあたりは人それぞれだと思うので、こういうアジテートも愉しめるという方には問題なしでしょう。
それと講談社からリリースされた「UFO大通り」に入っていた折り込みチラシと同じものがこの文庫にも挾まれておりまして、内容はまったく同じ。やはりこれは講談社、原書房、光文社の三社で仕上げたものということになるのでしょうか。これは凄い。
「電車最中」は立ち讀みで濟ませるにはちょっと長すぎるし、やはりここはノベルズを持っていてもゲットするしかありません。次には「犬坊里美の冒険」、さらには全集もついに刊行されるとの噂もありますし、御大祭はまだまだ續きそうな雰圍氣です。勿論自分は全品ゲットの意気込みでいきたいと思いますよ。