怪奇探偵小説の皮を被ったグロミステリ。
前作「厭魅の如き憑くもの」は、そのネットリとした文体から釀し出される横溝ワールドと衝撃的な結末が印象的で、怪奇趣味とミステリが素晴らしい融合を見せていた作品でしたが、本作ではその軸足をよりミステリの方へと移して、民俗學とネチっこい推理をブチ込んだ當に怪作の名にふさわしい作品に仕上がっています。
ミステリな結構はより強まっているとはいえ、その一方、前半半分を費やして語られる膨大な民俗學の講義や、事件が發生してからの中盤をイッパイに使って展開される推理シーンなど、破綻すれすれの構成が強烈な印象を残します。
物語は「厭魅」にも登場した小説家が曰くありげな島で行われる謎の儀式に飛び入り参加、件の儀式の最中に巫女が密室状態の部屋の中から消失してしまいます。果たして彼女は何処に、どうやって消えたのか。さらに昔も今回と同じような人數配分で同樣の儀式が行われ、その時にも巫女消失事件が發生しているという。この過去の事件との関連は、果たして、……という話。
上にも書いた通り、本作は破綻ギリギリの構成にまず大注目でありまして、メインの巫女消失事件が發生するのは物語の中程で、それまではこの島の曰くから始まり、小説家が參加する謎の儀式に對する推理や蘊蓄が延々と語られます。
かなりの人がここでギブアップしてしまうような氣がするんですけど、ここはぐっと堪えて巫女の消失事件の發生まで付き合うことにすると、今度は主人公である小説家による怒濤の推理劇が大展開。あらゆる可能性を検討してネチネチとネチっこく行われる推理シーンは氷川透を髣髴とさせるボリュームで、マニアには堪らないところでしょう。
しかし本作のキモはこのネチっこい推理で何事かが判明するところにはありません。何しろ三百八十頁にもなる物語で、ラスト二十頁ほどを殘したところで未だ二十にもなる謎がそのまま放置されているという異常事態。この幕引き間近でついに明かされる眞相のエグさは予想以上で、當に怪奇探偵小説的な事実にしばし呆然とすること間違いなし、この衝撃を体験するだけでも本作を手にする價値はあるでしょう。
ミステリ的な趣向に目を転じると、本作では密室での巫女消失事件を謎の中心に据えながらもその実、この「事件」は謎の儀式の内容と分かちがたく結びついている故、前半の半分を費やしてネチっこく語られる民俗學の講義はいうなれば必要惡。
巫女消失というハウダニット、さらにはこれを仮に殺人事件とした場合の犯人捜しというフーダニットを前面に押し出していかにもミステリの定番的展開に落とし込みつつ、謎の儀式の内實という事件の鍵となる重大な秘密を膨大な民俗學の講義と蘊蓄で後半に到るまで隱し通すという特異な構成が非常に現代的だと感じました。
このあたりは「骸の爪」などにも共通する、最近のミステリの風格だと自分は感じているんですけど、「骸の爪」の場合は畳みかける怪異が定番とは大きく外れた形となって讀者の前に提示されるゆえ、どうにも落ち着かない不安感が印象的でありました。
飜って本作の場合、それらの怪異が謎の儀式という、いうなれば定式の中におさまっている爲、「骸」で感じられたような不安感や怪奇趣味は寧ろ希薄に感じられます。消失現場の凄慘な雰圍氣に相反してそれらの怪奇アイテムがあからさまに消失事件の伏線と感じられてしまうところがちょっと弱いかなア、という氣がしますけど、このあたりは好みですかねえ。
「骸の爪」で感じられた「不安感」を、なかなか死体が出て来なくてツマンない、とか何が起きているのはサッパリ分からないといった、「もどかしさ」と感じてしまうような方には、あからさまなかたちで「事件」として讀者の前に怪異が提示される本作の方をミステリとしては上、と評價するかもしれません。
民俗學講義がやや冗長に過ぎる爲、中盤以降で展開される怒濤の推理劇に入ったところで既に頭がクタクタになっているところも、自分のようなボンクラにはちょっとアレだったんですけど、探偵役となる主人公の謎解きは、ブチ挙げた假定を緻密な推理によって悉くひっくり返していくという、そのスジの人にはタマラない展開です。このあたり、異形クイーンの作風を愛する氷川ファンにはニヤニヤものでしょう。
中盤の推理は民俗學からやや離れたところで、いかにも密室講義フウに進むのですけど、地に足のついた中盤の謎解きシーンが後半に到るとほとんどトンデモともいえる風格を帶びてくるところが本作のキモ。前半部の半分を費やして行われた民俗學講義を全投入して展開される後半の推理は素晴らしいの一言で、當に怪奇探偵小説的ともいえる異樣なネタの亂れ・腺ちにキワモノマニアは大喜びですよ。
中盤の現実に寄り掛かった謎解きと、トンデモすれすれの怪異を織り交ぜた超絶推理が展開される終盤部分に推理シーンが大きく分断されているゆえ、眞相が明かされる時の衝撃は前作に讓るものの、本作の眞相がもたらすイヤ感は相當なもの。霞氏の某長編にも通じるムチャクチャな死体のアレは人によっては目を背けたくなるほどの驚きをもたらすに違い有りません。
前作で馴れたゆえか、作者の文体もすらすらと讀み進めることが出來て本作、個人的にはかなり愉しむことが出來ました。怪奇趣味を交えたミステリとしては「骸の爪」の方が自分好みなんですけど、ミステリらしいミステリ、ミステリとしての定番の結構を重んじる方であれば或いは本作の方を評價されるかもしれません。
ミステリと怪奇趣味の高度な融合という點では前作と同樣、極上の味を持った本作、トンデモともいえる驚くべき眞相や破綻ギリギリの構成など、キワモノマニアも大滿足の味つけは勿論のこと、前作よりもより普通のミステリらしい事件を活かした結構に、普通のミステリマニアも愉しめる一作といえるのではないでしょうか。
これから讀まれる方に。前半の民俗學講義は正直かなり辛いんですけど、我慢して付き合う方が吉。後半のトンデモ推理はこの講義があってこそ衝撃度が増すゆえ、時間をかけてもジックリ讀んでおいた方がいいと思いますよ。