濫用されるオノマトペ。コワイ女というよりはオンナ以上の何か。
ブックカバー欲しさに「オトシモノ」と一緒に購入した本作、「奇談」のノベライズで原作ファン的にはちょっとなア、というようなキメ台詞の改惡を行ったゆえに自分の中では少しばかり評價の低い行川氏の手になるため、あんまり期待してはいなかったんですけど、これはなかなか。
極太ゴシック文字で「ぶううん、ぶううん」だの「カタカタタカカタ……」、「プルルルルルル」だの、「ゴキゴキゴキゴキ」だのといったオノマトペがこれでもかッというくらいに綴られているのがちょっとアレなものの、収録されている作品はなかなかのもので、伏線なしに座敷女のような不条理さと無敵ぶりでヒロインを翻弄する怪物が素晴らしい「カタカタ」、ズタ袋を頭からスッポリ被った美脚女につきまとわれるモジモジ君を描いた傑作「鋼――はがね――」、先祖代々から傳わる呪いの掛け軸に苛まれる女の恐怖をジャパニーズホラーの手法で描いた「うけつぐもの」の三編。
この中で個人的に氣に入ったのは「鋼」で、ある日自動整備工場で働いているモジモジ君が異樣にネアカの社長から妹とデートをしてくれと頼まれます。笑顏イッパイの社長から見せられた妹の寫眞というのがこれまたムチャクチャ可愛い女の子だったからモジモジ君は大喜び、デートの當日社長の家に訪れるとしかし、彼を迎えたのは頭から薄汚いズタ袋を被った女だった……。
ズタ袋で全身をスッポリと覆っているものの、ミニスカートからすらりと伸びた美脚の素晴らしさにモジモジ君はムラムラと妄想もたくましく、社長から拝借した車でドライブへと洒落込むのですけど、この袋女は何を話しかけようとも一切無言。會話不在の中でもどうにか意思疎通を図ろうとするのだが果たして、……という話。
袋女の不氣味さと、それが釀し出す妙なユーモア、さらには狂氣を帶びた社長のハジケっぷりなども交えて展開される物語はとにかく不条理の一言で、予想通りの結末ながら、得体の知れない袋女の不氣味さがとにかく秀逸。恐怖と笑いは紙一重、の言葉をそのままに体現した袋女のディテールと、モジモジ君のダメ男ぶりが素晴らしい味を出している傑作でしょう。
「カタカタ」は不倫女が、別居男から婚約指輪をもらった夜よりトンデモない女につきまとわれてしまうというお話。男の妻が生き靈になって女を襲撃する恐怖譚かと思いきや、想像をまったく離れたところからその謂われが明かされていくところが面白い。
幻覺と怪異がないまぜになって不条理な結末へと突き進んでいくところが何処となく北野勇作っぽいかなア、というかんじがします。カタカタと奇妙な音をたてながら理由もなく襲撃を繰り返す化け物女の造詣はハリウッドの怪物めいてい、予定調和と出鱈目がないまぜになった後半の展開が自分的にはかなりツボでした。
最後の「うけつぐもの」は前二作に比較すると非常に地味。ジャパニーズホラーの定番ともいえるジトーッとした雰圍氣が全体に漂ってはいるんですけど、本作のコワイものは女そのものというよりは、その謂われや歪んだ母性にあって、このあたりが前二作とは微妙に異なるところでしょうか。
首の曲がった不氣味君や呪いに蝕まれて次第に狂氣へと堕ちていく女の描寫が素晴らしく、地味故にボヤーっとした映像で見た方が愉しめるかもしれません。じわじわと盛り上げていく展開のため、前二作で多用されていた極太文字のオノマトペはちょっと似合わないかなア、という氣もするのですが如何。
母親が狂っていることを知りつつも、その母親から離れることが出來ない子供の描寫が痛々しく、いい味を出しています。特にキ印ワールドへと落ち込んでいく母親に「お母さんは、セーシンビョーなの」なんて聞いてしまう子供と、その言葉に無表情を崩さない母親の対比が見られるシーンは違う意味で怖い。
ノベライズゆえ、非常に軽く仕上げてあるためこれまた「オトシモノ」と同樣、あッという間に讀み通すことが出來てしまいます。小説的な重さは希薄なものの、本作はこのノベライズ特有の輕薄さを愉しむべきでしょう。その中でも「鋼」は奇想と行川氏のスピード感のある文体が素晴らしい融合を見せた傑作だと思います。