今日も風邪から恢復せず頭がフラフラの状態なので、あまり頭を使わなくても讀み通せる作品を、ということで、二時間サスペンスドラマ風の展開を見せる笹沢左保の本作を今日は取り上げてみたいと思います。
探偵役を務めるのは保險會社の事故調査員である男性で、物語は彼と仕事仲間ではライバルともいえる女性、そして上司が乗りあわせていた列車の中で、自分たちが手がけた過去の事件の話をしているところから始まります。
東京へと向かうその列車の中で女性の悲鳴があがり、何事かそちらを振り返ると、悲鳴を上げた女性は、窓の向こうに見える崖から人が突き落とされるのを見たという。
やがてその女性が見た通りに、崖下からは死体が発見されるのですが、何とその死体というのが、列車の中でその現場を目撃していた女性の父親だというんですから、これはもう怪し過ぎますよねえ。讀者にとってはこの女性が犯人であることはバレバレなんですけど、物語の登場人物たちは主人公の調査員一人を除いて、さしたる疑惑を彼女に抱くこともなく話が進みます。
主人公の調査員が調べていくうちにほどなくして、この殺された父親には多額の保險金がかけられていて、そのあまりに不相應な金額から社内では要注意人物にあげられていたことが判明します。殺された男性から金を借りていた人物が犯人では、ということで、警察もそちらのセンで捜査が進めていくのですが、今度はその疑惑の人物が同じように崖下へと飛び降りるかたちで自殺を遂げ、事件は終わったかに見えたのだが、果たして……。
動機の方はまったく判然としない乍らも、ミステリを讀み慣れている者にとっては、これはもう、カーのあの作品みたいなやつでしょう、というふうにカンが働く譯ですが、本作の場合、そう思わせておいて実は、という捻りがあるところがミソでしょう。
ダンディズムというよりは、いかにも根暗に見える主人公が鬱々と調査を進めていく樣子も小氣味よく、仕事の上ではライバルともいえる女性が次第に彼に惹かれていく御約束の展開もいい。その一方で、彼の方は事件の犯人に惹かれているんですけど、この犯人が色仕掛けで彼に探りをいれようとしたところへ、ヒロインの女性がジャストタイミングで現れるあたりの展開も二時間ドラマ風で微笑えましいですよ。というか、あまりにベタに過ぎやしませんかねえ、笹沢センセ。
殺された父親は可愛そうな中年、というイメージで話は後半まで進むのですが、この男の鬼畜ぶりが最後の最後で明らかにされ、事件の眞相が犯人の口から語られるのですが、これと同時に寿行ワールドを髣髴とさせる主人公の暗い過去も明かされるという大団圓の結末はちょっと讀んでいるこちらが鬱になってしまいます。
いかにも類型的な女性像が少しばかり鼻につくんですけど、これもまた作者の小説では御約束でしょうか。些か偏見があり過ぎるようにも思えるんですけど、六百万圓の保險金で大騒ぎになるような時代(六十年代)の小説ですからまあ、このあたりは仕方がないですかねえ。
怪しすぎる犯人の立ち居振る舞いからして冒頭から既に誰が犯人かは明らかなものですから、あまり頭も使わずにあっという間に讀み終えることが出來ましたよ。もっともカーのあれと同じ仕掛けかと思いきや、かなり強引な仕掛けを使っていたことが明らかになる推理の部分ではちょっと驚いてしまいました。
以前取り上げた「霧に溶ける」のようなトンデモな眞相もなく、極普通のミステリでした。妙チキリンな話が好みというのであれば、「霧に溶ける」を推しますねえ、やはり。