なかなか詩的なタイトルですけど、火村シリーズとはいえ、そのとおり何となく旅情ミステリのようなかんじで、ロジックを主體とする有栖川有栖の作風を期待するとちょっと肩すかしを食らいます。
それでもトラベルミステリに少しばかり傳奇ミステリの風味を加えた本作、謎解きを期待しなければ、結構愉しめる物語です。
アリスの友人でもあった作家の「海のある奈良にいってくる」という謎めいた言葉の眞意を探って、火村探偵と一緒に電車に乗ってあっちこっち旅するのですが、これが結構飽きずに讀めてしまう。しかしミステリとして見た場合、どうでしょうかねえ。微妙、……いや、激しく微妙でしょう。
というのも、犯人がどうやって毒を仕込んで、毒を飲ませたか、というのがこの事件のキモなんですけども、毒を仕込んだかということについてはまあ良いとして、どうやって毒を飲ませたのかという、このトリックが激しくトンデモなんですよ。
いや、これは小説だからこういうトンデモもありなんだよ、ということならいいんですけど、もしかして、作者の有栖川有栖氏って本氣でこのトンデモを信じてます?だったらちょっとヤバいでしょ!まあ、このトリックも人魚の存在と同じく、ファンタジーということで纏めているのであればいいんですけど、それにしては火村も大眞面目でいっているし、作中の誰もつっ込もうとしないし、もしかしたらもしかして、ですかねえ。
それと海のある奈良という言葉が本當は何を意味するのか、という謎が後半にあきらかにされるのですけど、アリスも突っ込んでいるとおり、これはちょっと反則でしょう。それでもこの謎解きによって、殺されてしまった彼の友人に手になるものだった未完の小説が完成するという仕掛けは結構面白い。
それでも一番面白かったのは、我孫子武丸の手による解説だったりします。彼は江神シリーズのアリスと火村シリーズのアリスを挙げて、「どちらも有栖川有栖という珍しい名前を持ち、方や大学のミステリ研に属するミステリマニア、もう一人はミステリ作家、となれば学生アリスが成長して、作家アリスになったのだと考えるのが自然だろう」って書いているんですけど、……えっ?自分は完全にそう思ってましたよ!
確かに同じ人間にしては、相方の探偵が江神という違いはあるとはいえ、ちょっと違い過ぎているよなあ、とは何となく感じてはいたんですけども……。なるほど、そういう考え方も出來る譯か、と納得してしまいました。有栖川氏の手による小説をさらに堪能する為、この解説だけでも讀んでみる價値はあります。
もう一つ、上に書いた火村探偵によるトンデモ推理を披露するところ。「エクソシスト」の音響は、ということで、マイク・オールドフィールドの音樂として「チューブラーズ・ベル」と書いてあるんですけど、これって原タイトルが、「Tubular Bells」なんで、「チューブラー・ベルズ」が正解でしょう。アマゾンのサイトでもこうなっています。
「Tubular Bells」のほかにも本作では、シレーヌ企畫のオフィスにブライアン・イーノが流れていたりと、ほんの少しばかりプログレ好きを刺激するような描写があったりします。もしかして有栖川氏も綾辻氏や法月氏と同樣、プログレ好きだったりするんですかね。