第132回芥川賞はご存じの通り、阿部和重が受賞した譯なんですけど、候補作の名前に石黒達昌の名前を見つけてちょっと嬉しくなってしまいました。本當ならこの本、まだ芥川賞の選考をしている時期に取り上げるべきだったんでしょうけど、どうにも本棚の何処にしまったのか分からなくて、つい最近ようやく見つけて再讀した次第です。
文學界とかお堅い文芸雑誌は讀まないので、芥川賞の候補作となった「目をとじるまでの短かい間」は未讀なんですけど、この作者の場合、寧ろ昨日取り上げた奧泉光が「石の來歴」で芥川賞を射止めた110回に候補作となった「平成3年5月2日、後天性免疫不全症候群にて急逝された明寺伸彦博士、並びに……」(現在は「新化」として本作と同じくハルキ文庫)の方が有名でしょう。
「新化」の方は中編が二つ収録されているのにたいしてこちらには四つの短篇が入っています。その中でもおすすめはタイトルにもなっている「人喰い病」と「雪女」でしょうかねえ。
これは代表作でもある「新化」でもそうなんですけど、學術論文のような文体によって表現される妙に眞面目な法螺話がこの作者の作風であります。小説的な文体とはほど遠いのですけど、讀み終えたあとの感動はこれ、當に小説のそれなんですよねえ。そこが凄く不思議。例えば「雪女」なんかはラブ・ストーリーとしても讀めると思うんですよ。同時に「人喰い病」などはプロットだけのパニック小説だったり。そんなかんじで文學的な文体とはほど遠い作風でありながら生み出された物語は紛れもなく小説的な物語というところがこの作者の小説の醍醐味であります。
ところで石黒達昌で思い出すのが、数年前だったと思うんですけど、テレビにちょこっとだけ登場したのを見たことがあるんです。それも作家としてではなく、東大病院の先生として。「動物奇想天外」だったか或いは「ぽちたま」だったかそこのところの記憶は曖昧なんですけど、東大病院の隣にある花屋さんの看板犬のお話をやっていて、その時に作者の石黒達昌が出ていたんですよ。テロップには作家とも書いていなくて單に名前の石黒達昌さんとだけあって、あくまで東大病院のなかのひとりのお医者さんとしての登場でした。ホンの少しばかりでしたから、作家であることなど紹介される筈もなく、この看板犬のことをチョロッと話しておしまいでした。作家としてはまだまだマイナーなんでしょうねえ。