大傑作。
巷に溢れている安っぽい感動とは違う、心の奥底からこみ上げてくるこの切なさ、……てなかんじでとにかくこの物語にどっぷりと浸かってしまって、讀後感は放心状態でしたよ。
この本、ジャケ帶と目次を見たときから絶對に傑作だと確信していました。ジャケ帶には、「彼女との出会が、謎に満ちた日々の扉を開けた。気鋭のボーイ・ミーツ・ガール・ミステリ」とあるんですけど、高校生の男女に、異国の女性。もうこれだけで期待はいやが上にも高まってしまうじゃないですか。さらにその異国の女性がユーゴから來たというんですから。
そういえばヤンジャンで連載されている高野洋の「国境を駆ける医師イコマ」もボスニア・ヘルツェゴビナ編が終わり最近單行本になったばかりなんですけど、これもまた素晴らしい物語でした。(この漫畫は本作でユーゴに興味を持ったひとにおすすめです。本作以前のボスニアを描いたものでは、時代は違うけども坂口尚の「石の花」と並ぶユーゴものの傑作)。とにかくユーゴものというだけで、もうそこにドラマが存在していることは疑いもない譯ですよ。
さらに、目次をめくると,各章のタイトルがまた素晴らしく、
「序章」
「第一章 仮面と道標」
「第二章 キメラの死」
「第三章 美しく燃える街」
「終章」
第二章のタイトルになっているキメラというのはユーゴのことであろうと考えるのは當然として、ここ十年におけるユーゴ内戰の惨状を知っている自分たちにしてみれば、「美しく燃える街」というタイトルを見ただけで、この異国からやってきた少女の運命がどうなっていくのか、……讀む前からそんなことを考えつつ期待して頁をめくっていったのですけども、……予想通りの結末とはいえ、これはもう、とにかく堪能しました。
本作がミステリかといわれれば、どうなんでしょう。「日常の謎」系に類するような謎解きが中盤いくつかありますけども、この物語に仕掛けられたテーマは、「彼女はユーゴの何処に歸っていったのか」というところにある譯です。彼らが過去の記憶を辿りつつその眞相を突き止めていく課程は當にミステリ小説にしかないもので、この物語は紛れもなくミステリでしょう。それもとびきり上質の。
物語の巧みさは勿論のこと、とにかく登場人物の高校生たちがみずみずしく描かれていて素晴らしい。ユーゴに歸ってしまった少女に焦がれつつ、何も出來ない自分自身にいらだつ主人公の焦燥感などは本當にうまく描けているし、彼を思いやり最後まで眞相を明らかにしなかった彼の廻りの女性の存在など、とにかく青春小説として一級品の風格があります。これ、同じ世代の高校生とかが讀んだら人生観変わってしまうかもしれません。
多くの人に讀み継がれるべき傑作。