前に有栖川有栖の「幻想運河」を取り上げたんですけど、あれ讀み返していたときにあることが引っかかっていたんですよ。
登場人物の水島がユング心理學を引き合いに出して、「人間はひとつにつながっている、とされる……すべての川は海で一つになり……」というところがあって、これ見た時に、「そういえば、ピンク・フロイドのアルバムのタイトルで、こういう話の小説があったよなあ」とずっと考えていたんですけど、思い出せなくて。
今日、本屋で恩田陸の「ユージニア」を見た時にはっと思い出しました。本作のタイトル「月の裏側」はフロイドの最高傑作と言い切っていい「The Dark Side of The Moon」の和訳そのまま、内容の方は上に引用した水島の言葉そのままに、水を介してこちらの世界に忍び込んでくるあるものについて描いたお話です。まあ、ボディスナッチャーといえばそうなのだけどもホラーというよりはファンタジーのような風合いをもっているのは作者の人間を見つめる優しい視線故でしょうか。恩田陸の描く物語ってどんなに凄慘な出來事であっても、過去の夢物語のような感觸があるんですよねえ。
実は自分、「六番目の小夜子」で挫折したクチでして、再び彼女の作品に目を向けるきっかけとなったのが本作と「 蛇行する川のほとり」でした。
本作は彼女の作品のなかでは傑作というわけでもないのだろうけども、それでもこの讀後感というのは彼女の作品に獨特のものだろうし、ホラーでもファンタジーでもない、彼女唯一の作風を堪能するのには十分です。「六番目……」を讀んときはミステリでもホラーでも、はたまたファンタジーでもない、という中途半端な印象を持ってしまったんですけど(改めて讀み返して、これは完全に自分が間違っていたことが後に判明……)、本作の場合、表面上はモダンホラーの意匠を持った物語だしとっつきやすいことは確か。またこの物語の舞台である水郷都市が、何となく福永武彦の「廢市」を想起させて興味深く讀みました。