本格パーティー、奇想祭り。
傑作。「黄金の灰」、「新世界」に比較するとややボリューム増し乍ら、讀みやすさはそのままに最後の謎解きではその眞相に頭がグラグラしてしまうことは間違いなし。當に現代の本格ミステリの技巧がテンコモリの一册です。
ポーを絡めてミステリの形式を多分に意識した「黄金の灰」と異なり、まずもってミステリが存在するずっと昔を舞台に据えている奇想からして大期待してしまうのですけど、まずもって立て續けに發生するコロシのあまりのゴージャスさにはニヤニヤ笑いが止まりません。
續發するコロシの前に、訴訟板の蝋が溶けるという謎を鮮やかに解いてみせるソクラテスの圖、で探偵ソクラテスの御披露目とするツカミも巧みで、このあとは林檎を運んでいた男が衆人環視の中で毒殺されたり、異國人が手足をもぎ取られたバラバラ死体で發見されたり、はたまた女と一緒にこれまた一人の男が手足と男根もろとも引きちぎられた死体となって見つかったりともう、グロ死体の大盤振る舞いに、果たしてこれだけの死体の山にキッチリとした解決が示されるのかと心配になってしまうのですけど、これらの謎をひとまとめにして、意想外な眞相を解き明かしてしまう後半の推理はもう素晴らしいの一言。
このコロシには何でもピュタゴラス教團という奇天烈集團が絡んでいるらしく、ソクラテスたちと語り手のクリトンたちは女装して眞夜中のオンナ祭に忍び込んだりとその謎に一歩一歩近づいてはいくものの、一向に死体の連鎖は止むことがない、というモジモジな展開も黄金期の本格では定番乍ら、本作では探偵ソクラテスが事件の要所要所に見せる粹な推理で、コロシの連鎖にウンザリしてしまいそうな讀者も飽きさせません。
上に挙げた訴訟板の謎のほか、蜂の巣を口にくわえて生まれてきた赤ん坊の眞相や、異國人のバラバラ死体の側に落ちていたブツから、教團に近づくべき暗號を解讀してみせたりと、ところどころに添えられた謎も魅力的で、これだけの長さを保ちながらも中盤でダレるところが決してないところも好印象。
死体の連鎖、怪しい教團の影など、いかにも本格理解「派系」作家が狂喜しそうな結構を持ちながらも、これが後半に展開される怒濤の謎解きによって、現代的な本格ミステリの風格を明らかにするところはやはり本作最大の見所でしょう。特に件のバラバラ死体の眞相が語られるところでは、楳図センセのアレとかを思い浮かべてしまってオエッ、となってしまいましたよ。
そして續發する死体の山を巡って開陳される眞相のあとに、これまた吃驚するようなネタが明かされるとともに、そこからソクラテスと黒幕との對決となるクライマックスへ流れる展開も素晴らしい。
クリトンの語りによって讀者の前に展開されていた今までの出來事のすべてがアレだった、というところは、當に先鋭的な現代の本格ミステリの眞骨頂で、このあたりに「黄金の灰」と同樣、京極ミステリとの共通項を探ってみるのもまた愉しい。
そして後半に展開される「推理劇」の内容を語り手の認識に絡めたところなどにも、京極作品にも通じるあるものを感じてニヤニヤしてしまいましたよ。基本的には上に述べたすべてがアレだったとして、「推理劇」までに語られていた世界がまったく違った實相を明らかにする反轉が本作における最大の仕掛けながら、このような小粒なネタにもシッカリと現代的な風格を感じさせるところも素晴らしい。
エピローグで登場人物たちのその後を簡潔に語って結びとするところも「黄金の灰」などと同樣ながら、本作では幻想ミステリ的な雰圍氣は稀薄、寧ろ黄金期ミステリの結構が最後の最後にひっくり返って、讀み手の認識をグラグラさせるような豪腕が冴え渡った、當に現代の本格、というような作品に仕上がっています。
非常に讀みやすい文体で技巧を凝らした本格ミステリを構築する、という柳ミステリの特徴を強く持った作品であるとともに、今回は探偵ソクラテスのキャラ造詣が見事で、このあたりも大いに愉しむことが出來ました。
奇天烈、軽妙でありながら頭の回転がズバ抜けているところなど、どうにも讀んでいる間は御手洗潔の姿がチラついてしまったんですけど、これは恐らくいずれの探偵もホームズをお手本にしている故かな、なんて思ったりしたのですが如何でしょう。
個人的には「黄金の灰」とともに、京極ミステリがツボな方には是非とも手に取ってもらいたいなア、なんて思ったりするんですけど、京極ミステリが持っている過剩さとあからさまな奇天烈ぶりが稀薄なところから、フツーに地味な作品みたいなかんじで敬遠されてしまうのでは、なんて危惧もまたなきにしもあらずなんですけど、後半の怒濤の展開は、現代の本格ミステリファンならきっと愉しめると思います。オススメ、でしょう。