明日便利書の一册としてリリースされた哲儀氏の第二作。「血紅色的情書」に収録されていた短編はいずれもサイコなミステリだった譯ですけど、本作の二編はいずれも軍隊を舞台とした本格ミステリで、雰圍氣は大きく異なります。
軍隊を物語の舞台としながら謎の中心に怪異を絡めている結構は「野葡萄」に掲載された「詛咒的哨所」とほぼ同じ乍ら、完成度はこちらの方が高いように感じました。
物語は、何をやらせてもダメダメなでくの坊が射撃演習中、イジられたことにブチ切れて上官を射殺、凶器となった銃には呪いの符が貼られて武器庫の中に保管されている、……みたいな怪談噺が語られると、その後、件の呪いの銃がヒョンことから武器庫の中で發見されます。
そして銃を持った軍人の幽靈が夢の中にボヤーッと出没したりといった怪異のあと、射撃演習の時に或る人物の銃が暴発事故を引き起こしたことに、すわ祟りだ、と軍人たちは動揺しまくり。しかし凌だけは唯一人、この事故の背後に何者かの奸計を感じて自ら捜査を開始するのだが、……という話。
この幽靈銃の出没に絡めて、深夜の不可解な物音などのオカルト現象が開陳されたあと、終盤でそれらの怪異が探偵の推理で明らかにされるという展開は定番ながら、本作で面白いのは、複数の怪異を分断して銃のすり替えが行われていたというミスディレクションを喚起しているところでしょうか。
幽靈銃の出現と消失が銃のすり替えに絡んでいることは讀者も容易に想像は出來るものの、本作で使用されているトリックは実際問題、或る程度銃の知識がないと眞相に辿り着くにはキビシイかもしれません。自分もおそらくはこんな調子じゃないのかなア、なんて漠然とそのあたりのトリックを予想はしていたのですけど、最後に探偵が披露してみせる推理にまで思い至ることは出來ませんでした。
一般的な本格ミステリであれば、同時期に發生した怪異はひとつの現實的な事象へと収束していくのが普通だと思うのですけど、本作では一つの怪異は暴発事件の真相へと到る伏線として機能する一方、もうひとつの怪異は事件の背後關係を明らかにする為の一要素として讀者の前に開示されているところが特徴でしょうか。
ただこの、すべての怪異を一つの現實的事象を還元しない構成は、その一方で事件の真相開示の驚きを薄めてしまう危険性も孕んでいるような氣がしますよ。島田御大の作品フウに、謎の呈示の時點ではバラバラの斷片として轉がっていた複数の怪異が、最後の推理によって一つの大伽藍を構成していく、みたいな趣向の作品の方が分かりやすく、また謎解き部分での驚愕度も高くなるような氣がするのですが、如何でしょう。
それでも、怪異の一つである呪い符の意味合いや、怪異を軍隊という特殊な環境に現出させる獨特の視點は興味深く、このシリーズの續きを追い掛けていきたい氣にさせます。個人的には哲儀氏の本流はサイコの方かなア、という氣がするんですけど、リアリズムに徹して軍隊の規律と上官との確執も交えながら展開される物語は、台湾ミステリの中でも非常に個性的。
動機面に關していえば、人間心理のエグい部分に踏み込んで哲儀氏らしいキレを見せた「詛咒的哨所」の方がお氣に入りなのですけど、トリックの正調な使い方などに關しては、本作の方が違和感もなく愉しむことが出來ました。
軍隊を舞台にしつつ、台湾ミステリの他の作品に比較すると非常に地味なのがアレなんですけど、奇天烈、先進的な作品よりは、より事件の結構が明確な古典派スタイルを愛する御仁には、本作の方が好みかもしれません。