さかしまの本格。
傑作。實は北山氏の作品を讀むのは本作が初めてで、講談社ノベルズのは何だか本格理解「派系」作家のアレみたいなかんじでアレかなア、なんて敬遠していたのですけど、本作はそのテの作風のものとは大きく異なります。
日本にやってきた英國人の少年が閉鎖的な町で奇妙な連續殺人に卷き込まれる、なんて書いたらいかにも一昔前の本格推理小説のような物語を想像してしまうのですけど、何しろ舞台が何人たりとも書物を所有することを許されないという異世界であるところが獨特で、そこへ「探偵」が犯人で、コロシの存在しない世界が殺人が起こるという、當にさかしまづくしの展開が魅力的で、一氣に引き込まれてしまいます。
家中に赤い十字架を印を残していく「探偵」の謎めいた所行と首切り殺人を中心に据えて物語は語られていくのですけど、ここに序奏と間奏で語られる幻想的な謎も絡めて最後に驚愕の眞相が明らかにされるという結構もまた素晴らしい。
特に序奏の「箱庭幻想」において讀者に提示される消失する家の謎や、間奏の「鞄の中の少女」で語られるグロでありながらも幻想的な死人の復活の描寫など、幻想ミステリめいた雰圍氣がこの物語の世界観を際だたせているところも秀逸です。
何しろ「ミステリ」というものが存在しない町でコロシが發生するという奇天烈な構造ゆえ、首切り死体がジャカスカ見つかっても町の連中はそれをコロシと認識出來ずに、天災や自然現象と同じものと考えているというところから、まずもってこの物語世界ではミステリ的な「謎」というものが存在しない。
そして唯一この世界の歪みである「謎」を認識できるのが、親父から「ミステリ」というものの話を聞いていた餘所者の英國人の少年君でありまして、彼は家の中に記された十字架印の正体や、首切り死体についても思いを巡らせてはみるものの、何しろ「ミステリ」についてはあくまで親父からの聞きかじりの知識しか持ち合わせていないゆえ、一向に埒があかない。
やがて連續殺人の話を聞きつけた少年檢閲官がやってきて一連の謎を解き明かす、という話なのですけど、最後に檢閲官の推理によって明かされる眞相も、全てがこの世界でなければ成立しない奇天烈なものでありまして、この驚愕の眞相が獨特な物語世界と完全に共振しているところも個人的にはツボでした。
「ミステリ」の世界では英雄たる「探偵」がコロシをしていて、首切り死体が發見されているのにそれが謎として成立しないというさかしまの異常事態を記した前半部が、「『探偵』は――殺人犯です」という認識から緩やかな反轉を見せて、ミステリ的な結構へと流れていく後半部との對比も見事です。
さらに「ガジェット」という本格ミステリでは聞きなれた言葉がこの物語世界特有のものとして扱われているところや、英國人少年や町の人たちの會話における「ミステリ」の扱いと、少年檢閲官たちとの會話がハッキリと色分けされているところも徹底していて、これがまた後半の謎解きを盛り上げているところも秀逸。
書物が存在しない、「ミステリ」が存在しないというこの異世界の設定に關しては、書物のない世界で物語というものはどのように扱われているのか、また口承によって創作物たる物語は語り繼がれていくことはなかったのか、とか、まだまだ疑問があったりするんですけど、このあたりは續編があるのであれば創作物――物語と「ミステリ」「ガジェット」との關連などとともに明らかにされていくことを期待したいと思います。
本作を讀み始めた時に、書物が存在しない世界イコール物語の不在みたいな書き方をされていたところが妙に氣になってしまって、前半は今ひとつこの世界に馴染めなかったのですけど、讀了後あらためてこの物語を振り返ってみるに、この特異な世界を受け容れるずとも本作を愉しむのにはそれほど大きな障害とはなりえないように思えます。
中世めいた未來社会で政府がすべての情報を統制している検閲社會という設定から、物語世界の細部がどうしても氣になってしまうものの、本作のキモはやはりこのミステリを軸にしたさかしまの感覺ではないかなア、と思うのですが如何でしょう。
「ミステリ」でありながら「ミステリ」が存在しない、また探偵が犯人であり、殺人が謎として成立しないという、この世界がミステリとしてはさかしまの構造を持っていることが分かってしまえば、SF的或いはファンタジー的ともいえるこの物語の世界の細部に入り込まずとも、當にミステリ的な展開へと流れていく後半部の展開を愉しむことも可能かと思います。
冒頭の謎や中盤の幻想ミステリめいた雰圍氣がイッパイの逸話は、非常に明確なかたちで謎として讀者の前に提示されているし、まず殆どの方が本作を普通の本格ミステリとして讀み進めることは出來るかと思うのですけど、この物語世界にややぎこちなさや違和感を感じてしまった方は、上に述べたところに意識を置きながら讀み進めていけば沒問題。
で、眞打ちの探偵たる少年檢閲官によって、本作は本格ミステリの結構を獲得して事件はミステリとして集束するのですけど、個人的にガツン、とやられたのは、このあとに明らかにされたもう一つの「ガジェット」の存在でありまして。
これによって本作の「物語」としての構造が明らかになるという仕掛けは最高で、續編があるとすれば是非ともこのあたりを活かしてもらいたいのですけど、それだとあまりに普通だからダメですかねえ。
さかしまの世界がミステリとしての結構を明らかにしていく展開と、探偵の推理よって明かされるさかしま盡くしの仕掛けは本格マニアにとっては當に恍惚、ガジェットに戲れることなく眞っ向から本格ミステリの形式そのものに挑戦した意欲作という點でも広くオススメしたいと思います。