スタイリッシュな鬼畜系、大石圭の最新作。
いつもの狂った登場人物は變わらず乍ら、物語の構成や動機にノベライズ版の「オールド・ボーイ」の風格を感じさせる復讐譚でした。
本作は被害者の香月と、彼の家族を殺した「純一郎」という二人の視點から語られます。最初のプロローグからしていかにも頭の螺旋がひとつふたつ外れていそうな大石ワールド特有の男性が登場しますが、これが純一郎。彼はテレビのニュース番組を見ている最中、その畫面の中にある夫婦家族を発見するのですが、どうやらそれは彼の知っている人物らしい。彼は「裏切られた……」と呟きながら復讐を誓う、というところから物語は始まります。
恐らくこの男が夫婦をネチネチと追いつめていって最後に家族を皆殺しにしてジ・エンドみたいな展開かなと思っていると、第一章に入るやいきなり子供は殺され、妻は意識不明の重体、夫である香月も腹を刺されて滿身創痍、という予想外の展開に驚いてしまいました。
そのあとは香月が犯人への復讐を誓い、犯人に対する憎惡からだんだんと壞れていく描写と、犯人純一郎の狂った日常を併行して語り乍ら進んでいきます。この犯人の正体、そして香月の家族を殺害しようとした動機は最後まで明かされません。
犯人は今でいうニート。お氣に入りの珈琲はマンデリンではなく、キリマンジャロと今までの大石ワールドの登場人物とは少しばかり毛色が違うのが新機軸でしょうか。ところでこの犯人がインスパイアされた小説って、安部公房の「箱男」ですよね?
続けて犯人である純一郎は第二の殺人を犯すのですが、ここに至ってもまだ第一の事件である香月との関連性は分からない。
讀者としては香月とともにその動機を手探りで進めていくより方法はありません。そして香月が刑事に連れられて第二の犯行現場に足を踏み入れた刹那、彼はついに犯人の正体を知ることになります。
そしていよいよ香月は復讐の鬼となって犯人の居所を突き止めて直接対決と相成るのですが果たして、……というかんじなのですけど、物語を讀み終えたあとのカタルシスはちょっと。「オールド・ボーイ」のような鬼畜的な終わり方で纏めるかと思いきや、今ひとつ判然としない幕切れにちょっと不滿です。
犯人の側と、被害者の側を併行して描いた復讐譚というのは確かに新機軸ではありますが、まだまだ大石ワールドの風格に纏めきれていないような氣がしました。やはり犯人はマンデリンを飮んで熱帶魚を飼っていないと今ひとつ大石ワールドの住人のような氣がしません。また犯人が今時のニートというところも大石ワールドでは説得力に欠けるところです。しがない親の遺産を喰いつぶしているような輩は大石ワールドには似合いません。個人的には「自由殺人」や「オールドボーイ」のようなスノッブな大富豪というのが一番大石ワールドの惡役には似合っていると思います。「アンダー・ユア・ベッド」の彼だって、熱帶魚のお店をキチンと切り盛りしていた譯で。
次回は是非、有り餘る金にものをいわせて一般人を奇矯な方法で追いつめていく復讐鬼を描いてもらいたいところです。次回作に期待。