「誰のための綾織」や「鏡陷穽」などに比べれば初期の作品ということもあってか、まだまだ普通のミステリです。
かといってつまらないかというと全然そんなことはなくて、キャラ立ちはやはり他の作家と比較しても異常でしょう。
版畫館の警備員である風見、そしてバベルの搭の繪に惹かれるセーラー服の美少女藤川。そしてこれもまたバベルに取り憑かれた狂氣の男、田村。それぞれが個性的でいて、何処かが壞れています。
本作は序章である「バベル覚醒」の風見から始まり、「バベル消滅」と題した終章まで、すべてが登場人物の手記で構成されています。序章、終章も含めて五章から成り立つ物語は、そのふたつの章が風見のもので、間章を殺人犯人の告白としているのですが、この手記に仕掛けがしてあることは普通に讀んでいたら分かりません。
実際自分も分かりませんでしたよ。ようく讀んでいないと氣がつかないようなものなので、「綾織」のようなやられた!という感覺はそれほどなくて、そうだったのか、という弱い驚きしかないところが少しばかり不滿といえば不滿でしょうか。
そして作者の飛鳥部氏もそんな讀者の氣持をシッカリと見越していて、終章の解決編では、風見が讀者の言葉を代弁して探偵役の佐藤にツッコミを入れたりしているところがまた何というか。
飛鳥部ワールドでは必ず一人はいるハジけたキャラが今回は不在なのにも理由があります。この手記の仕掛けに密接に關係しているからでして。ちょっと文字反転。「手記」といいつつ、風見の手記は普通の手記らしく一人稱で書かれているのに對して、一章の田村の手記は三人稱で書かれています。しかし章題のところに誰々の手記と書かれていれば、そんな人稱には氣がつく筈もなく物語を追っていくのが普通でしょう。このあたりは飛鳥部氏、本當に巧みです。
強いていえば、オーエン・ハートという外人がそれにあたるといえばそうなのですけど、後々の作品に比較すれば、ハジけっぷりがまだまだ足りません。それでもでかい圖體をしながらたどたどしい日本語を話すキャラは他の登場人物に比べては異彩を放っています。
自分が今まで讀んできた飛鳥部氏の作品と違って、まだ「殉教カテリナ車輪」のような、ミステリとしての風格を色濃く残した作風で、ミステリの枠外へ突き拔けようとする試みは薄いですねえ。
確かにここで披露されているトリックは普通のものではないのですけど、この仕掛けも今となっては新鮮に驚けるものではありません。寧ろその仕掛けを手記のなかに隱した巧妙さを評價すべきなのでしょう。
最近の飛鳥部氏の作品を比べれば薄味。それでもミステリを讀みたいという人にはおすすめでしょう。「殉教カテリナ車輪」の端正な本格とはまたひと味違った、飛鳥部氏ならではのミステリを堪能出來ます。