何だかあんまりピン、と來ないんですよ、讀み終えたあとも。
形式としては作者お得意のメタミステリにアレ系の仕掛けを絡めたおなじみのものなのですけど、何というか、……アレ系の仕掛けが自分にはあまり效かなったかというか。
アレ系といっても色々なパターンがあると思うんですよ。で、自分はどうもこの系統のものにはあまり驚かないようで、仕掛けが分かったあとも「……ふーん、……だから何?」というかんじで終わってしまうのです。
などと書いても未讀の皆さんにはサッパリでしょうから、文字反転しながら書きますと、本作におけるアレ系の仕掛けは自分がここで取り上げたものの中では中町信の「天啓の殺意」に近いです。乃ち作中作があって、虚構と思っていたものが現実だったり、或いは現実だと思っていたものが虚構だったり、という仕掛けが最後に明らかにされるというものなんですけども、どうにも自分はこの仕掛けに驚けないようです。
本作の場合、犯人も、探偵も、さらには作者も誰だか分からない、というところから話が始まるところがいかにも作者のミステリらしいのですけど、この最後のオチの付け方はちょっと弱いですよ。これも皆さんが知っている作品でしたら、乾くるみのアレが近いですかねえ。
物語は、「天使の殺人」という舞台劇の公演を控えた前衞劇団で、主役候補の三人の「誰か」が奄美大島のさらに向こうにある京島というところで殺されてしまう。電話でその知らせを受けた劇団の主催者ともうひとりがその島に向かう途中、今度は電車の中で主催者が毒を盛られて殺されてしまいます。
果たして京島で殺されたのは「誰」なのか、そして主催者を毒殺した犯人は誰なのか、というところが普通のミステリとして謎の部分です。
勿論本作は辻真先の物語ですから、これだけで終わる筈がありません。すべての章立ては舞臺劇を思わせる「序幕」から始まり、「第一幕」、「第二幕」「第三幕」の間には「幕間」が挿入されています。
この「幕間」が曲者で、天使と天使長の會話が戲曲風に語られます。「第三幕 探偵は誰か」に至っては、この幕間に現れていた天使と天使長は物語の場面にも登場するようになり、京島のヒロイン候補殺人事件と、主催者の殺人についてその動機と犯行方法を、登場人物たちに語らせるのです。
つまりここでは天使たちがこの「天使の殺人」という物語を操る神であり、登場人物たちの動作は人間界という神の舞台での出來事であったということが明らかにされます。
さらに天使と天使長は自分たちが考え出した犯行方法と推理に納得出來ないからといって、舞台をはじめからやりなおすように、犯人を變えて再び推理劇を繰り返したりとやり放題を極めるのですが、最後の最後に、この天使と天使長の本當の役割と、この「天使の殺人」の作者、さらには被害者の正体が明かされます。
確かにメタ的な趣向は嫌いじゃないし、アレ系の仕掛けもあります。ただこれらがうまく融合していない、というか、或いは自分も辻真先の作品を讀み込んでいるので驚かなくなってしまったのか、はたまた最近の尖鋭化されたミステリに比較すると、どうにも謎の仕掛け方などが舊くさく見えるところが好きになれないのか。
解説では川出正樹なる人物が本作の魅力を熱く語ってくれているのですけど、超絶技巧であることは自分も認めるものの、ちょっと、ですねえ。
彼が所属する推理小説同好會では本作は二位に選ばれたそうです。ちなみに一位は泡坂妻夫の「妖女のねむり」だったそうですが、寧ろこの解説で氣になるのは、この川出氏が上に述べた同好會のベストテンに投票した礒部立彦の「フランス革命殺人事件」という小説です。
「兩腕を切断されて天井からつるされた死体、現場に残されたギロチンのイヤリング。……意外な犯人と、更に意外な大どんでん返し。……まさに大型新人」
なんて具合にベタ襃めしているんですけど、誰かこれ、讀まれた方っています?絶版みたいなんですけど、今度探してみようかな、と思った次第。