山田正紀といえば、今やSFのみならず「ミステリ・オペラ」をはじめとした、色んな意味で凄まじい作品を描くミステリ作家、という印象が定着しています。しかし本作が出た當事はまだまだでした。
自分もずっと昔、「ブラック・スワン」などをリアルタイムで讀んだりして感心こそしたものの、それほどインパクトを感じた譯ではありませんでした。
女囮搜査官を知るのはずっと後で、ノベルズで本作が発表された時もそれほど期待していませんでした。例の法月氏の煽り文句、「手術台の上で「シンデレラの罠」と「虚無への供物」が衝撃的に出会う。鬼才が挑む入魂のオペを今度こそ見逃すな!」というやつがなければ軽くスルーしていたでしょう。
ロートレアモンの例の言い回しを使った法月氏も凄いのですが、何よりも本作、登場人物からそれを取り卷く世界、さらにはその世界の認識、展開される事件、動機、……すべてが何というか、完全にずれているのです。
このずれ、というのは、氏のSF作品でいえば自分がもっともお氣に入りの「幻象機械」に近いというか。
密室事件もあり、移動する死体などなどミステリ的な謎も充分なのですが、本作は寧ろこの全体に漂う何ともいいようのない違和感を愉しむ小説だと思います。かといってミステリとしての仕掛けが決しておろそかになっている譯ではありません。
暗闇の中、私は目覚めた。頭が痛む。ここはいったいどこなのか。わからない。そもそも私は誰なのか?人が死んでいる?死んだのは誰?殺したのは誰?ああ、何もかもがわからない。誰か助けて!郊外の病院で起きた殺人事。愛憎と狂気が生み出した驚天動地の密室トリックとは?発表時に大絶贊を浴びた傑作本格ミステリー。
この「私は誰なのか」というあたりが「シンデレラの罠」なのですが、物語の本筋はそこではなく、探偵役を受け持つ刈谷という刑事のパートで展開される奇妙な連続殺人事件にあります。
多摩丘陵にある聖バード病院に入院している先輩を見舞いに訪れた刈谷は、彼からこの病院にいる看護婦を捜しだし、或ることを尋ねてもらいたいという依頼を受けます。
この先輩刑事は緊急病棟での臨死体験を契機に、「女は天使なのか惡魔なのか」という奇妙な問いに憑りつかれているのですが、何しろこの聖バード病院で働いている醫者、看護婦、患者の全てが胡散臭い人間ばかりで頭がグルグルしてしまいます。
例えば刈谷がこの聖バード病院を訪ねて一番最初、雜木林の中で死んだ鴉を樹に吊り提げている美少年を目撃するのですが、この少年というのがまた狂っていて、刈谷の「何をやっているんだ」というフツーの問いかけに、「地球を、ぐるりと動かしていたんです」なんて答えるんですよ。ここで、お前は紅司かい!とツッコミを入れたくなってしまうのは自分だけではないでしょう。
こんなのはまだ序の口で、先輩刑事の介護をやっている付き添いの婆さんは大日如来にハマっていて、患者に奇妙な經文をバラまいているし、ここでも「お前は爺やかい!」というツッコミを入れたくなるのは、……ってまあこれくらいにしておきましょう。
まあとにかく、向こうがコンガラセイタカだったらこっちは大日如来不空成就如來だとばかりに曼荼羅や青色青光黄色黄光赤色赤光……という呪術的イメージが全体に散りばめられていて、それがまた本作のタイトルにもなっている妖鳥ハルピュイアやギリシャローマ神話の雰圍氣と完全に解離してしまっているところがまた何とも。
普通、神話や呪術といった衒學的なアイテムが物語と融合していないと、どうにも作品全体が安っぽい印象になってしまうものなのですけど(具體例としては二階堂黎人のアレとか)、本作の場合、その解離が物語全体に漂う強烈な違和感をさらに際だてているところが凄いんですよねえ。
ギリシャローマ神話に出て來くる男と女の逸話はそのまま、先輩刑事の疑問、「女は天使なのか惡魔なのか」という問いに、また看護婦が呟いた奇妙な言葉「見えない部屋」というのもまた、パンドラの箱へと繋がっていくのですが、このあたりの構成は本當に見事。
で、ミステリとして見た場合ですが、密室、移動する死体、消失する死体ととにかくテンコモリです。
クモ膜下出血で意識もなく動けなかった死体が隙間をテープで外張りされた無菌室で首を括って死んでいたのは何故か。この無菌室は隙間をテープで外張りされた密室だったというあたり、この話だけでロジックもの、トリックもので長編を引っ張ることだって出來た筈。しかしそこは山田正紀ですから、思いついたアイディアはとにかく無理矢理にでもひとつの物語に押し込めてしまいます。この剛氣なところが、いい。
この密室のほかにも、緊急病棟で何もないところから火が噴き出して看護婦が焼死したり、正体不明の看護婦に時計臺から突き落とされて死亡した男の死体が勝手に移動したりと、とにかく奇想的な謎がてんこ盛りです。
さらには看護婦のいう「見えない部屋」、「ギリシャローマ神話」の本に栞のようにして挾まっていた奇妙な圖形の意味するもの、殺人事件があった日に、緊急病棟の廊下にぶちまけられていた大量の卵黄など、事件に付随する不可解な現象も興味をそそります。
畳みかけるようにして繰り出される謎また謎に、正直物語の整合性などどうでもよくなってしまいます。次作の「螺旋」の方がミステリ「小説」としてはうまく纏まっていると思うのですが、この脅迫的ともいえる異樣な雰圍氣は明らかに本作の方が上。本作には怪作「サイコトパス」がいかにして生み出されたのか、それを知るヒントが隱されているように思います。
それと同時に、この異樣な雰圍氣や奇矯な妄想に取り憑かれた老婆など、前にレビューした「神曲法廷」にも似ているなあ、と再讀してみて感じた次第。
ところで「看護婦は天使なのか惡魔なのか」という問題のネタは日影丈吉の某短篇に着想を得ているのではと自分は思っているのですが、如何でしょう。