デビュー當事から作者の作品を讀んでいる自分にとって、折原一イコールアレ系という刷り込みがなされてしまっているんですけども、すでにベテランの風格さえ漂う氏のキャリアを見渡してみるとすべてがすべてアレ系という譯でもありません。眞っ當なミステリもあれば、本作のようなキワモノもある譯でして。
本作は「笹村雪彦追悼集」という體裁をとった物語で、この文庫版も、「不帰に消える」「不帰ノ嶮、再び」という二册に分けられています。いうなれば、最初の「不帰に消える」で事件の手掛かりを提示し、次の「不帰ノ嶮、再び」がミステリ的なサスペンスを交えた謎解きの部分ということになるでしょうか。
ノッケから白馬周辺図という地圖があり、不帰ノ嶮で遭難した息子、笹村雪彦が小学校三年の時に書いた作文や、息子が山に登る直前、母にしたためた繪葉書、雪彦の學生時代の寫眞などが作中に添えられているという懲りようです。
このあたりのディテールには妙な力が入っていて、そのほかにも遭難當事の自己対策本部の記録や死亡屆、告別式の式次第、引導文、弔辭、などなど、とにかく追悼集としての體裁をリアルにデッチあげようという作者の意気込みが感じられるのですが、殘念なのは、これらがそれほど事件の謎解きに絡んできていないことでして。
「不帰に消える」という一册目はこのように樣々なデータを提示しつつ、表向きは登山があった當日の出來事を、手記の體裁で巧みに再現しています。
この手記を追悼集の體裁で揃えたのは、遭難した雪彦の母、時子ということになっていまして、彼女は或る日、息子が殘していたノートを見つけます。そこにはSという男性とNという女性のことについて書かれていて、どうやら雪彦はNと恋愛関係にあったのだけども、結局彼女はSと結婚することになったことがほのめかされています。
この内容から時子は息子の死が果たして單純な事故だったのかを疑い、ノートにあったSとNとは誰だったのかを調べようとする、……
そして追悼登山が催され、時子は雪彦が所属していた会社の山岳部のメンバーとともに不帰ノ嶮へ向けて登山を敢行するするのですが、今度は彼女が息子とまったく同じようなかたちで遭難し、死亡します。
ここで一册目の追悼集「不帰に消える」は終わり、続けて二册目の「不帰ノ嶮、再び」では雪彦の妹千春が二人の死に不審を抱くかたちで兄の会社の山岳部のメンバーたちに聞きこみを始めます。
この過程であきらかにされていく兄の秘密、そしてノートにあったSとNとは誰なのか、という謎解きを中心に話は進んでいくのですが、後半にはSとおぼしき人間の失踪、そしてNとおぼしき女性の交通事故などが重なり、事件は錯綜を極めます。果たして兄と母の死は單純な事故だったのか、それとも。……というお話です。
正直、一册目の「不帰に消える」は退屈です。それも考えてみれば當たり前で、追悼集の體裁をあまりに精確に再現しようと試みようとしたためでしょう。
事件の方は或る意味密室、ですね。稜線の上をメンバーが一列になって歩いている。その途中である人物が足を滑らせて落ちたとしたら、……まあ、予想通りの犯人でしたよ。
という譯で、本作には仰々しいトリックのようなものはありません。追悼集の體裁を精確に再現して、そのなかにミステリの要素を詰め込んだ、當に奇書。
動機の面でもミスディレクションを仕掛けているのですけど、伏線がなく唐突に眞相があきらかにされたりするので、このあたりをもう少しうまく纏めてくれればもっと愉しめたと思いますよ。
まあ、折原一といえばもっと傑作名作があるのに何でこんなキワモノを、と皆さんが考えられるのは當然なのですが、いかんせんダンボールの奥にしまいこんでしまったので初期のアレ系の傑作などなどの作品がどうにも見當たりませんで。本棚でようやく見つけた本作をひとまず取り上げた次第です。初期の倒錯ものや「沈黙の教室」「異人たちの館」なども近いうちにレビューしたいですよ。
折原一のほかにも色々と取り上げたい作家はたくさんいるんですけど、一日一册だけではとうてい間に合いませんねえ。
さて今日になってようやっと奥泉光の新作をゲット出來たのでこれから讀み始めます。