ミステリファンが戸川昌子の作品を取り上げるとすれば、まずは中井英夫の「虚無への供物」と乱歩賞を爭った傑作「大いなる幻影」や「猟人日記」、或いは「火の接吻」などを推すべきなのでしょう。また綾辻行人のファンにおすすめするのであれば「私がふたりいる」なども良いかもしれません。しかし自分としてはやはり戸川昌子といえば、「夢魔」やこの「透明女」といったイロモノを敢えて推薦したい譯です。
この作品、千街昌之氏の「怪奇幻想ミステリ150選」でも取り上げられてまして、彼の解説文が素晴らしすぎるんですよ。曰わく、
「……著者の長編群の中でも、本書はストーリーのドライブ感において最速を誇り、ジェットコースターに乗って秘宝館巡りをしたような気分を讀者に体験させる。
……えれしわれぬいい加減さ(貶めているのではない)が全編に漂っており、アッパー系ドラッグとダウナー系ドラックを同時に大量にキメてトリップすると、本書の讀後感に極めて近い気分を味わえるのではないかという気にさせられる。」
特に「ジェットコースターに乗って秘宝館巡りをしたような気分」というのはその通りで、藝能界の秘密が、大國の陰謀劇へと膨らんでいき、それがSF的な展開に至るという破天荒な物語は、眞相が暴かれるに至ってバカミスなんてレベルを遙かに超えた素晴らしい脱力感を与えてくれます。しかし展開の激しさと、キッチュな要素をたっぷりと詰め込んだ物語世界に翻弄されて、頭がすっかりイカれてしまった為か、讀後感に怒りはわいてきません。違う意味でヤラれた、という気にさせられます。
とりあえず簡単にあらすじを纏めると、こんなかんじ。
男を誘惑して明かりのない暗闇の中でのみセックスを行う謎の女、「幻の女」(ファントム・レディ)とは何者なのか、その正体を暴こうとプロモーターの主人公が動き出すのですが、彼は何者かの手によって、イケメン俳優の仮面をかぶせられてしまいます。仮面をつけることによって伸縮自在となった彼は、某國の大使館を統べるサド女に囚われ、犬の散歩役の仕事を与えられ、最後には犬にされてしまう(いや、本當に幻覺だが現実だか分からない状態で犬にされてしまうんですよ)。
戸川センセお得意の愛欲描写が延々と續き、そんなこんなで色々あって最後に幻の女の正体があきらかになる、……という譯で、これだけ讀んでも何がなんだか分からないですよねえ。ええ、自分でも書いててうまく纏められずに困ってしまいました。でも本當に讀んでもらえば分かるんですけど、この通りの内容なんです。それでいて、ちゃんと話は繋がっているんですよ。少なくとも物語の整合性は、……城たけしの「呪われたジャイアンツファン」や徳南晴一郎の「人間時計」よりはシッカリしています(貶めているのではない by 千街昌之)。
何でこんな昔のカルト作を今回取り上げたかというと、つい先日、乾くるみの「林真紅郎と五つの謎 」を讀んだついでに「Jの神話」を讀み返しまして。この「透明女」をフと思い出してしまったという次第です。「Jの神話」も、本作くらい彈けていれば、怪作ということでカルト的な人気を博したカモ、……ってそういうことはないか。