昨日取り上げた霞流一の「首断ち六地蔵」。連作短篇という形式乍ら、作者本人もあとがきに述べているとおり、「毒入りチョコレート事件」に挑んだ意欲作でありました。しかし「毒入りチョコレート」系でここ最近の最大の収穫といえば、貫井徳郎の本作を挙げずにはいられませんよねえ。
單行本のジャケについている帶の煽り文句も強烈です。
究極の推理ゲーム
幾重にも繰り返される假説の構築と崩壞
一筋の推理の光が屈折・分散し、到達するところには—–
実驗的アンチ本格ミステリ
本作はscene-1「虚飾の仮面」からscene-4「感情の虚飾」まで四つの章からなる物語なんですけども、この章題もなかなか凝っていまして、順番に「虚飾の仮面」、「仮面の裏側」、「裏側の感情」、「感情の虚飾」となっています。つまり次の章題が前の章題の單語を引き繼ぐようにかたちで、最後の「感情の虚飾」で、最初の「虚飾の仮面」へと繋がり円環を描くような體裁になっています。この凝り方、好きですねえ。
本作はその章の中で披露される推理もさること乍ら、各人の視点から事件を観察することがそのまま被害者である女性の多面性を炙り出す仕掛けになっていて、事件の眞相と、虚飾の仮面をはぎ取った被害者女性の眞實の姿とが対照するという構成の妙が光っています。
個人的には作者の作品のなかでは一番のお氣に入り(現時點で)なんですけど、氣になるのが、上にも引用した帶の煽り文句。
「実驗的アンチ本格ミステリ」っていうのはどういう意味なんでしょう。「実驗的」というのはまあよしとして、「アンチ」「本格ミステリ」という言葉の眞意は何なのか。「アンチ・ミステリ」といえば何となく想像もつきますけども、「本格ミステリ」のアンチですからねえ。ここで「アンチ」の対象となっている「本格ミステリ」とはどのようなミステリをさしているのか。新本格のなかでも「本格」ものとされる有栖川有栖のような作風のことなのかそれとも、……とか色々と考えてしまいます。「慟哭」や「症候群」も確かに傑作ですけど、作者のミステリに対する思い(歪んだかたちではありますけども)をあらんかぎりに叩きつけたこの作品、作者の藝風の廣さとともにミステリに対する堂々たる風格も感じさせる傑作です。