田中啓文で初めて讀んだ小説がこれ。連作短篇で、全編脱力ものの駄洒落でオチがつくという強力な一册です。この本の著者のことばで知ったのですが、田中氏って、「本格推理」の出身だったんですねえ。本書でもミステリとしての謎解きはしっかりしていて、ユーモアミステリというか駄洒落ミステリとしてではなく、純然たる謎解きミステリとしても大いに愉しめます。
しかしやはり著者の眞骨頂はそのユーモアセンスと登場人物の珍妙な描写で、最初の「鬼と呼ばれた男」の冒頭からして怪奇カイガラムシ男とか、「希少動物の保護や動物虐待の禁止といった動物愛護運動にも熱心に取り組」んでいる寫眞家を描写するさいにも「ヤマネ、ハムスター、イルカ、ラッコといった動物の寫眞集で一部に知られており」とそのリストアップされた動物の脈絡のなさが妙におかしかったり、或いは銀座の韓國料理店の店名が「プルコギ」だったりと、巧みな小技の應酬で大いに笑わせてくれる。
やはり一番笑ってしまったのは、「蜘蛛の絨毯」における最後の一撃でしょうか。三河屋の青年の一言が事件となってしまったことがあきらかになるのですが、これがいい。
本の背には、「鬼の探偵小説」というタイトルの下に「異形本格推理」とあるのだけども、確かにいろんな意味で「異形」といえる一册であります。