大體こんな仕掛けかな、と考えていたら予想通りでした。
ただ物語の後半までずっと漂っているこの漠然とした不安感というか、立ち位置のはっきりしないところからくるイヤ感は強烈。何となく山田正紀の「サイコトパス」や井上夢人の「メドゥサ、鏡をごらん」などにも通じる雰圍氣であります。
最後にこの物語の舞台は何だったのか、この施設では何が行われていたのかがあきらかになるのですが、この眞相はちょっと怖い。カサレスの「脱獄計画」のような、ぞっとする感覺が味わえる。
ちなみに自分がこの物語の「こんな話じゃないかな?」と気がついたのは、66頁の以下の記述。
「僕の家は日本の神戸にある。お父さんの名前は……(以下略)……ぼくの衞という名前はお母さんの名前から一文字をもらったのだという。ぼくはまだ自分の名前をきちんと漢字で書けない。字面はイメージで憶えているから讀むぶんには大丈夫なんだけど、自分で書いてごらんと言われると、ちょっと怪しいんだ。自信があるのは「みこがみ」のうちの「子」と「神」くらい。……」
この文章に漂っている違和感。分かる人には分かると思います。ただそういう仕掛けを拔きにしても、後半に至って次々と殺人が起こり、施設が混乱を極めていくさまの盛り上げ方は素晴らしく、また最後にこの施設で行われていたことがあきらかになった時の驚き、というかイヤーな感じがいい。