古本屋で見かけたので中身も見ないでゲットしてしまったんですけど、目次を見たら半分は以前に紹介した「死神の女」に収録されていた短篇ばかりでガッカリですよ。とはいえ、未讀、というか、たとえ讀んでいてもマッタク記憶に残っていない作品もあったりしたのでよしとします。
収録作は「死神の女」にも収録されていた「降霊術」、「憎い亡霊」、「死神の女」のほか、DV旦那に堪え忍ぶ人妻の正体に戰慄する「二匹の鼠」、自分は癌だと妄想する女が真綿で首を絞められるように周囲から追いつめられていく「悪性繁殖」、夫の失踪に現在進行形の怪しい犯罪を暴き立てる人妻が奈落を見る「殺意の接点」の全六話。
ミステリ色がもっとも濃厚なのは「殺意の接点」で、車のセールスをやっていた旦那が行方をくらましているという人妻が主人公で、彼女が義理の弟に貸していた一軒家を訪れると、何やら怪しげな男が風呂場のリフォームを敢行中。
やがて行方をくらましている夫が残した怪しいメモなどが見つかるに到り、そこに犯罪の臭いを嗅ぎつけた彼女は義理の弟とともにコトの眞相を暴こうとするのだが、……という話。
旦那の失踪イコール殺人、という発想が反轉して、自分が事件の渦中に巻き込まれていることを知るに到る構図は秀逸ながら、どうにもいつもの山村御大であればそこに脱力ホラーや、昭和チープなディテールをめいっぱいに効かせた作品世界が展開されるものの、本作では冒頭にノッコリと姿を現したリフォームの職人が「マフラーがわりにタオルを首に巻き、耳に鉛筆をはさんでいる」くらいという生ぬるさで、「スワンをかたどった、幼児用の便器」などの脱力ディテールで見せてくれた「人魚伝説」に比較すると、キワモノ的な愉しみ處はやや希薄。
それでもマンマとワルどもを出し拔いて窮地を逃れた主人公のその後に、奈落が口を開けて待っているような捻くれた幕引きは御大らしいといえるでしょう。
「二匹の鼠」は、鼠というタイトルから、「人魚伝説」でもウジャラウジャラと湧いてくる鼠のイヤっぽさでキワモノマニアをグフグフと愉しませてくれた御大の風格を期待してしまうのですけど、グロは薄味に纏めて昭和エロスを要所に効かせた展開で苦笑を誘う一編です。
ノッケから若僧と人妻の密會場面で始まるのですけど、どうやらこの人妻の旦那というのが歳の離れた藝術家で、おまけに頑固でDVときているから始末が惡い。それでも人妻の淫靡なエロスにメロメロなボーイは、旦那と別れて僕たち二人で暮らしましょう、なんて話を向けてみるものの、人妻の方は夫の暴力に耐える女に徹して頑なに僕の言葉を受け容れない。
忍耐強い女かと思っていると、これが後でトンデモない事實が発覺するという結構は期待通りで、DVの爺は事故に遭って下半身の機能を消失するや、それでも人妻の方は忍耐強く彼の看護に勤しむものの、年下君は爺を殺して彼女と結婚すれば遺産はマルマル俺のもの、なんて強欲なところを見せたのが運の尽き。
不憫な女の正体が明かされることによって、被害者と加害者の結構が反轉する構図がツボで、ここにまた捻くれたラストを持ってくるところも素晴らしい。最後は鼠野郎の二人が刺し違えて鼠に死体を喰われてジ・エンド、という身も蓋もない結末もマル、でしょう。無理矢理にこじつければ、人間の心の機微に着目して、事件と物語の結構がどんでん返しを見せる展開が何処となく連城氏の作品にも通じるような氣がします。
「悪性繁殖」は、反轉の構図の中心に主人公となる女の妄想を据えたところが洒落ていて、最近は年下旦那が妙に優しく、こちらを勞ってくれるのだけども何故だろう、という疑問から、自分はもしかしたら癌で余命幾ばくもない體なのではないか、という妄想がグングンと膨らんでいく。
年下旦那の付き添いで病院に行けば、自分を先に歸らせて旦那は主治医と二人だけで話があるというし、葬儀社のパンフレットが部屋から出てくるわ、自分の財産が華麗に年下旦那の名義になっているし、……と追いつめられていく彼女の妄想がやがては周囲の陰謀を明らかにするという展開が素敵ながら、最後はヤッパリ山村御大、というような捻くれた幕引きで見せてくれます。
現代本格のやりすぎ振りとキワモノのディテールが奇跡的な融合を見せた傑作「憎い亡霊」や、本格としても見所の多い「降霊術」、そしてイヤ女の謎っぷりでキワモノミステリとしても極上の味を見せる「死神の女」も収録されているゆえ、ケイブンシャ文庫の「死神の女」よりも角川文庫の本作の方がオススメかもしれません。
とはいえ「死神の女」には、バス転落事故という共通項も絡めてイヤ女やキ印の暴れっぷりをめいっぱいに効かせた「死化粧」や「赤いスポーツ・カー」などのキワモノミステリの傑作も収録されているゆえ、やはりここは古本屋で見つけた場合は両方ともゲットするべき、でしょう。