首領からの熱烈ラブコール。
シリーズ三作目、それも創元推理文庫で復刊されてからの新作ということで、本格風味が強くなるのではないかな、なんて予想していたのですけど、いい意味で裏切られました。
確かに十年以上の前のミイラが突然現れては知らぬ間に部屋を移動していたり、プールに妙チキリンな人影がボワーと出て來たりと、怪異を凝らしたネタもテンコモリの中で連續殺人が發生という結構は本格理解「派系」作家が大喜びしそうなお話乍ら、舞台となるのは二作目とは一轉して、豪勢なお屋敷ではなくてこれが廃虚。
物語はまた例によってドジっ娘がオジサンからカメラマンの助手のアルバイトを依頼されるところから始まるのですけど、撮影するブツが廃虚というところが獨自色。美人カメラマンと河口湖の怪しげなお城の廃虚に繰り出して撮影を終えると、今度はコロシの發生する廃屋へと向かうのですけど、この家というのが美人カメラマンの實家で、何でも十年以上前にこの人物の母親が消失してしまったというから尋常じゃない。
この廃屋に參集した兄イとともに家の中を搜し回ると、何と件の母上はミイラ状態になって鎮座していたから超吃驚、家の中で失踪した母親が何故今になってミイラの姿で現れることになったのか、……なんて考えている間に早速コロシが發生します。果たしてこのコロシは化け猫の怪異か、はたまたミイラの母上の手になるものなのか……。
本作のコロシと怪異が續發する理由がこの舞台としっかり繋がっているところが秀逸で、このネタを隱蔽する為に怪奇ネタを凝らしてみせる丁寧なつくりと、お孃樣探偵が小粒な推理で眞相を明かしたあとに真打ちの探偵君が豪快なトリックを明かしてみせる結構が素晴らしい。
またキャラがそれぞれに個性的で、文体もまた輕妙なゆえ、すらすらと讀み進めることが出來るのも好印象。何だかシリーズの中では一番ブ厚い一冊ながら、讀了するのは一番早かったような気がしますよ。
物理トリックも含めて樣々な仕掛けを凝らしてあるのですけど、登場人物の中でも約一名、出て來たときからムチャクチャ怪しい人物がいて、こいつの出で立ちと怪しげなメイクから、もしかしてこれはアレなんじゃア、なんて考えていたらそのマンマだったことにはちょっと唖然。些かベタ過ぎるネタながら、本作のキモは個人的には豪快なトリックに絡めて冒頭に掲げられたプロローグの描寫の意味が明らかにされるところのような気がします。
お孃樣探偵の推理が探偵君によって否定されるという後半の展開は期待通りなのですけど、このネタを使ってプロローグの場面が再構築されるところが素晴らしく、何だかこれって中町信センセへのリスペクトなのかなア、なんて考えてしまいました。
不可能状況に怪異を絡めた事件は、本格理解「派系」作家がものにすればやたらと大仰な物語へと轉んだ筈なのですけど、輕妙な語りと瑞々しいキャラ造詣によってありきたりのコード型本格へ落ちないところも素晴らしく、今回は主役の美波よりも直海の活躍が際だっていたように感じました。
で、ヒロインと探偵君との二人の關係が気になる譯ですけど、何だか、もし次回があるとすれば、今度は海外編ということになりそうですよ。舞台はチュニジアとあれば、個人的にはベルベル人の呪術師と探偵君とのガチンコ勝負、みたいなライト版「ガダラの豚」みたいなのを期待してしまうんですけど、駄目ですかねえ。
伏線の技巧や物理トリックの手際などは前作「龍の舘の秘密」の方が際だっているように感じるものの、本作では中町センセ的なプロローグに絡めた仕掛けが非常に愉しめました。前二作の風格が愉しめた方であれば本作も堪能出來ると思います。