記憶、地獄、奈落。
風邪でブッ倒れていた時に讀んだので、何だか頭がグルグルしてしまいました。内容の方はというと、登場人物たちが微妙に連關した惡夢のような全三編という構成ながら、物語の趣向はそれぞれに大きく異なります。
収録作は、幼少時の記憶の混濁が多重世界の惡夢を惹起する「奇憶」、カノジョの為に腹話術をマスターしようとした男がキ印の奈落へと堕ちていく「器憶」、メメント状態に陥った男の地獄をイヤ感溢れる筆致で綴った「キ憶」(キは土に危)。
何をやっても中途半端で、そのクセ俺樣は人とは違うんだ、という自意識過剰なダメ男が主人公の「奇憶」は、月が二つあったという幼少時のボンヤリとした記憶から多重世界へと話が亂れ飛ぶ構成が奇天烈で、ショゴスだの「ぬわいるれいとほうてぃーぷ」などのニヤニヤネタも仕込みつつ、主人公がチーマーたちにボコられるチープな描寫のごった煮ぶりも素晴らしい作品です。
ダメ過ぎるリアルを否定せんと、愉しかった幼少時までの記憶を思い起こしつつ、やがてはそこに夢だったのか本當の現實だったのか曖昧な出來事が頭ン中に湧きのぼってくるイヤっぷりがツボで、最後はバットだかハッピーなんだか頭を抱えてしまうような幕引きが待っているという期待通りの幕引きも添えて、讀者を翻弄してしまう筆捌きは流石です。
續く「器憶」は、「奇憶」にチョロッとだけ姿を見せたダメ男の元カノが絡んでくるお話なんですけど、物語の主人公はこの彼女の戀人。で、彼女に腹話術を見せてやると妙な宣言をしたばかりにトンデモない地獄に巻きこまれてしまう男を描いたお話で、奇妙な電話を受け取って怪しい人形をゲット、ついには腹話術をものにするものの、やがて人形と術師の關係がアレになって、……というお話。
後半のオチにはさりげなく伏線がはられていて、予想通りの結末といえばその通りなんですけど、とにかくそこに到るまでのイヤっぷりが最高で、ハタからみれば明らかにキ印な行動のひとつひとつが腹話術をネタにして恐怖譚へと轉じるところがマル。
個人的に一番ツボだったのが最後の「キ憶」(キは土に危)で、「メメント」ネタにミステリっぽい展開を見せつつ、最後はやはりグロでシッカリとおとしてみせる構成は小林氏の得意技。
この主人公は最初の「奇憶」でチーマーたちにボコられた主人公の友達だったりするんですけど、あの出來事から既に數年が經過している樣子。で、本作の主人公は脳に損傷を負って短期記憶を維持できないという「メメント」状態であるところから、そこにコロシの謎も絡めて、曖昧な記憶に寄りかかったまま果たして主人公はそのコロシの眞相に辿り着けるのか、というお話。
不可解なノートの記述を手掛かりに主人公は現在自分がおかれた状態を必死に把握しようと努めるものの、失われた記憶とノートに書かれた事柄がますます混迷を引き起こします。やがて突然の來訪者によって彼はことの「眞相」を知るに到るのだが、……。
ミステリ的な眞相というよりは、曖昧な記憶によりかかったままの無間地獄がドグラ・マグラ風にイヤっぽさを出しているのは勿論のこと、冷藏庫のブツによって例のネタが飛び出してくるところが個人的には最高で、このグロっぽさだけでもキワモノマニアは大滿足。
思弁的なネタを開陳しながらリアルと自己が破綻する幕引きも素晴らしく、個人的には三編の中では一番印象に残りました。
ホラー文庫としても、また小林氏の例によって例によるグロとチープの闇鍋的展開を存分に愉しめる一册です。ホラー文庫前作の「脳髄工場」的なキワモノぶりがタマらないという人にオススメしたいと思います。