バ歌舞伎外連。
奇天烈トリックと怒濤の消去法ロジックのミスマッチが霞氏の風格だとしたら、本作はやや奇天烈トリックの方に重きを置いた作品、といえるかもしれません。
探偵役となるのは奇蹟鑑定人というサブタイトルにもある通り、奇妙な怪異の謎を解くのを生業とする自称吟遊詩人の大男でありまして、相方のワトソン役には眼ン球が飛び出した魚男という組合せ。この二人が脱力のオヤジギャグなどを織り交ぜつつ連續殺人事件の解明に挑む、というのがおおよその結構です。
岡山のド田舍にある旅館で發生したテレポーテーションなる怪異の調査に赴いた魚男はセクシー女に出會うものの、東京に引き返した魚男が大男の探偵を引き連れてド田舍の旅館を再び訪れると、件の女がビニールハウスの中ですっ裸の格好のまま殺されるという事件が發生、そのあとも密室状態となったログハウスでポルターガイスト現象とともに男が殺され、……という具合に冒頭に呈示された瞬間移動の謎など抛擲して、連續殺人事件に關わることになった魚男と大男の推理はいかに、という話。
とにかく後半に驅け足で明かされる死体遊びのトリックが壯絶で、歌舞伎の外連に絡めて謎解きがされるところはもう笑うしかありません。マヌケな眞相という點では、第一の殺人であるビニールハウスのコロシがピカ一ながら、個人的には第三の殺人がツボで、犯人の行動を頭に思い描くに思わず笑いがこみ上げてきてしまいます。
ただ、ちょっと殘念なのは、あまりに奇天烈な眞相ゆえ手掛かりもヘッタクレもあったものではなく、確かに現場の状況から探偵はその謎解きを開陳してはみせるものの、マトモに考えていてはその眞相に思い至ることは絶對にありえない、というところがちょっとアレ。
もっとも前半、後半と大きく二つに分かれた謎解き部分において、奇天烈な眞相が解き明かされる前半部はロジックよりも、この奇天烈ぶりを堪能するべきであって、自分のような趣向のマニアはそのアンマリな死体遊びに苦笑しつつすぐさま後半部の推理に進むのが吉、でしょう。
怒濤の消去法ロジックが炸裂する「羊の秘」のような傑作に比較すると、本作のロジックは非常に直線的で薄味ながら、前半部の奇天烈ぶりとはうって變わっての精緻な論理はやはり秀逸。特に現場に残された一つのブツから容疑者を一人また一人と絞り込んでいく推理は非常に明解で分かりやすい。
常軌を逸した死体遊びのトリックの眞逆をゆく常識的な論理展開のミスマッチが素晴らしく、犯人の正体については意外性こそないものの、ここでは丁寧な消去法によって犯人が次々と絞り込まれていく過程そのものを愉しむべきだと思います。
奇天烈ぶりといえば、冒頭に呈示されていながら、立て續けに發生したコロシの為にすっかりなおざりにされていた瞬間移動の怪異の眞相が最後に明かされるのですけど、これもハッキリいえば脱力寸前の間拔けぶり。またこれを仕掛けた人物の振る舞いを想像するに、そのあまりのギャップに思わず吹き出してしまうこと請け合いです。
コロシの動機については中盤以降にジックリと解き明かされていくのですけど、とある仕事に絡んだこの眞相にそこはかとなく重みを添えた風格が、また奇天烈な死体遊びとの激しいギャップを引き起こしていて堪りません。
動機、トリック、そして謎解きの雰圍氣のすべてが獨特の個性を主張しているゆえに、それらが一本の線へと繋がる後半部は違和感ありまくりながら、漫畫チックな人物造詣や要所要所に添えられた脱力のオヤジギャグが中和剤となってそれらのギャップを見事に包み込んで、……いる譯はなく(爆)、最後はどうにも居心地の惡いモヤモヤとした讀後感を残したままジ・エンドとなるのですけど、この讀みおえた後に殘る妙な氣持が霞ミステリの毒、でしょうか。
霞氏の作品というと、どうにもマヌケだバカだと、その奇天烈なトリックばかりに目がいってしまうのですけど、個人的にはそのハジケっぷりに相反して、事件の背後關係をシッカリと描き出しているところや、消去法ロジックを凝らしまくった丁寧な謎解きに惹かれます。
第一の殺人のマヌケぶりは相當なもので、また第三の殺人における犯人のアレっぷりも笑うしかありません。という譯で、本作はやや奇天烈トリックに傾き過ぎるきらいはあるものの、霞ミステリにマヌケな豪腕トリックを求めている方には大滿足の逸品といえるのではないでしょうか。怒濤の消去法ロジックを所望の方にはちょっと物足りないカモ、しれません。