モノローグの奔流。
「崖の舘」に續くシリーズ第二作乍ら、雰圍氣は大きく變わってミステリというよりは幽霊譚の風格が強くなっています。勿論コロシや磁器の盜難事件などの謎を添えて物語は展開されていくものの、寧ろそれらミステリとしての謎は後に退いて、輪廻転生や聖書を携えての御登場となる謎少女や、屋敷を徘徊する幽霊などのオカルトが全面に押し出された結構ゆえ、本格ミステリを期待してしまうとちょっとガッカリ、ということになってしまうかもしれません。
物語は件の崖の舘へコレクションの財産目録を作成為に部外者が參集、しかしその中にはどうやらお呼びでない人が紛れ込んでいるらしく、その人物が何者で、また何を目的にこの舘にやってきたのかが判然としない。やがて嵐の中に聖書を抱えた少女が保護されるや奇妙な預言を呟き、舘に集まった人物たちはそのコロシの預言にビクビクするものの少女は剛力男たちを投げ飛ばして失踪してしまう。
舘の中では幽霊が徘徊し、男が殺されるとビクついた後に本當に密室で死んでしまうわ、磁器は忽然と消えてしまうわ、語り手の娘っ子は剛力を発揮するわとリアル世界ではマッタク理解出來ない怪異が續發します。果たしてこれらは舘に今も幽霊となって彷徨う娘っ子の仕業なのか、……という話。
ふわふわと舘を徘徊する白い影の存在や謎少女の預言などから、屋敷に參集した人間たちの心が乱れていく樣子がジックリと描かれていくのですけど、中途中途に輪廻転生や樣々な怪異のエピソードが語られるという構成の為、自殺っぽいとはいえ密室状態で人が死んでも住人たちが大慌てとならないところがミステリらしくない、といえばその通り。
しかしその一方で神祕と怪異を凝らした幻想小説にも、叉ミステリにも軸足をおかない風格が獨特の味を出していることもあって、この現実から遊離した登場人物たちの語りにノれれば本作もまた愉しめると思います。
ミステリとしては密室状態でのコロシよりも、マイセン磁器の盜難事件の方にさりげなくトリックが添えられています。こちらの方に着目すべきなのでしょうけども、それでも物語全体を大きく牽引していくような謎の置き方ではないゆえ、ここでもミステリを期待した人は呆氣にとられてしまうかもしれません。
それでも、幽霊の正体や剛力少女の眞相が反則技ともいえる操りによって明らかにされる後半部の展開は、探偵役の男が例によって例の方法を用いて心理試験を敢行して犯人の意図を炙り出そうとしたり、さらにはラストで操り對決ともいえる犯人との一騎打ちに臨むところなど、探偵小説としての趣向もシッカリと活かされているところは秀逸です。
この操りに用いられたあるモノは、「崖の舘」を讀了している人や幻想小説として本作を讀み進めている人には容易に受け容れられるものであるとはいえ、すべての怪異がこれによって集束してしまうというところがちょっとダメ、という人もいるかもしれません。
しかし地の文でも「不思議ちゃん」めいたモノローグが繰り返され、空想と妄想と夢のあわいを漂う獨特の浮游感を釀し出している本作に、この眞相は見事に馴染んでいるように自分には感じられたし、また犯人が愛の神祕の前に敗北するという構図も素晴らしいと感じました。
「崖の舘」では「雪の断章」に比較すると、それほど「不思議ちゃん」テイストは感じられなかったのですけど、本作では娘っ子の語りが地の文にまで侵食して不思議語りが超満載という風格ゆえ、この神祕語りにノれないと正直讀了するのは辛いかもしれません。
キワモノマニアとしては、どうしても作中で語られる怪異のエピソードなどにも苦笑しながらついつい斜めに構えてしまうのですけど、輪廻転生や宗教的な逸話に絡めてさりげなくトンデモが紛れ込んでいたりするところもまた愉しい、という譯で、前半部のノリにうまく乘れなかった人はそこで頭を切り換えて後半に進んだ方が吉、でしょう。
上にも書いたように既に本格ミステリとして結構からは大きく離れて、完全に幻想ミステリ、或いは幻想小説的な領域に踏み込んでいる為、「崖の舘」のような物語を期待せず、寧ろこの不思議ちゃんのモノローグに酔うべきで、……って書いても語り手のあまりの陶酔ぶりにこちらが惡酔いしてしまうやもしれずそのあたりはアレなんですけど(爆)、このモノローグに託して語られる詩心はある意味孤高、熱烈なファンがいるのも納得です。