巷でいわれているほどひどいものじゃないと思う。書きおろしである「光る鶴」だけども、例によって冤罪事件を取り扱った吉敷もの。最初の方で既に眞犯人の方はあきらかになっており、物語の肝は、どうやって冤罪を立証するかというところで、そのために吉敷は無實の罪をかぶって投獄されている男のアリバイを証明しようとする。ミステリであればアリバイ崩しとなる筈だけども、この作品はその逆をいっている。
作品自體は結構普通に面白い。ただこの作品一つでノベルズ一册となるにはいささか辛いので、最期には「吉敷竹史、十八歳の肖像」という短編を収録してある。全然ミステリではないのだけども、大学生時代の吉敷が警察に入るきっかけとなったある出來事について書かれている。これもそこそこ樂しめましたよ。
ただ、これ、吉敷ファンでないと辛いでしょうねえ。私の場合、「龍臥亭幻想」「涙流れるままに」の餘韻を強く引きずっている状態で讀んだので結構面白く讀めたけども、「素面」でいるときにこれ一册だけ讀んでいたら讀後感は違っていたかもしれません。
対談の方はちょっとなあ、というのが正直な感想。島田莊司は良いのだけども、辨護士の山下氏の例えば以下の発言。
「山口縣の支部で、慰安婦を勝たせた裁判があるわけです。……山口地裁の下關支部で慰安婦が日本國に對して損害賠償を求めた事件で、唯一勝訴の判決を出しました。その後、もちろん廣島高裁では否定されていますけども。……ですから、良心的であろうとしたら、そういう地方の支部にいなければいけないというか、大都市圈に來たいと思えば、そういう良心を捨てなければいけないというような裁判官のシステムが日本では出来てしまっているということが、かなり大きな問題です」
引用、ちょっと長かったけども、要するに、山下氏からすると、「慰安婦問題に關してグタグタいう輩には良心はない」というように聞こえてしまう。慰安婦問題、強制連行問題というのは何かと史實に關して議論があることは十分承知しているとは思うのだけども。
というわけで、この対談ははしょって、島田莊司のファンは「光る鶴」「肖像」を讀みつつ、眞ん中當たりに挿入されている「吉敷竹史の旅」と題した寫眞を繰りつつ、過去の作品に思いを馳せるというのが本書の正しい愉しみかただと思います。