脱力パラレル、ノーマルロジック。
「顔のない敵」で、地雷をテーマに据えた地雷ミステリをリリースした後にこれですかッ、と思わず声をあげてしまいたくなるあらすじ紹介にまず吃驚ですよ。「非「日常」の日本を描く、連作ミステリ」で、さらには今までの石持氏の作品とはその雰圍氣を大きく異にするジャケのデザインからして、「地雷」ミステリならぬマンマ「地雷ミステリ」なんじゃないか、なんて不安になってしまったんですけど心配無用。
「BG、あるいは死せるカイニス」と同様、舞台をオリジナルの世界に設定しながらも、それらのすべてはミステリとしての事件とロジックに奉仕するが為という生真面目さはそのままに、堅実な推理の流れで見せまくる石持節をイッパイに堪能出來る一冊です。
基本的にアメリカからやってきたメリケン娘リリーを事件の観察者に据えて、それを日本男児の人柱探偵が推理するというお話で、収録作は、人柱部屋からミイラが發見される怪事件に人柱探偵の推理が冴える「人柱はミイラと出会う」、道議會で政治家の傍らにつきそう役目の黒衣男が殺される「黒衣は議場から消える」。
独身女のお歯黒から背後の事件があぶり出される「お歯黒は独身に似合わない」、厄年休暇を無視した男の災難から裏事情を推理する「厄年は怪我に注意」、鷹匠の鷹が人間を殺した悲劇的事件に逆説論理が冴える「鷹は大空に舞う」、大量に送りつけられてきた箱入り茗荷という日常の謎に人柱探偵の人情推理が光をあてる「ミョウガは心に効くクスリ」、知事室のベットに敷き詰められていた謎の一万円札の眞相とは「参勤交代は知事の務め」の全七編。
表題作「人柱はミイラと出会う」の冒頭、日本にやってきたメリケン娘が工事現場で人柱を見て超ビックリなんてシーンから始まるものですから、讀んでいるこちらの方がタマげてしまったものの、ここでいう人柱の意味は我々が知っている意味とは微妙にずれていて、本作の人柱探偵、東郷の説明をそのまま引用すれば、人柱とは「基礎のいちばん深い場所で、工事の重要部分が終わるまで、じっとしている」職人のことで、「まず基礎部分に小さな部屋を作」り、人柱職人はその中で数ヶ月、下手をすれば一年以上もその部屋の中でジッとしている譯ですけど、今回は人柱が個室を出ることが出來る帰還式の時に、件の個室からミイラが出てきてさア大變、という話。
果たしてミイラは人柱のものなのか、だとすれば誰がこの部屋に侵入して殺したのか、という謎で物語を引っ張ります。「基礎の深い場所」にある個室とあれば、当然本格マニアは空前絶後の密室殺人事件を期待してしまう譯ですけども、本作の人柱部屋は鍵があれば誰でも入れるというヌルさゆえ、密室じたいがキモではないことが程なく明らかにされる中盤で密室が三度のメシよりも大好きな本格理解者はガッカリしてしまうかもしれません。
しかし、部屋の中からミイラが出てくるという謎「だけ」の為に、人柱職人とかいう奇天烈な設定を思いついたのでは、とも感じさせる無理矢理感が個人的には堪らず、また下手をすれば脱力ミステリにも転びかねない妙チキリンなネタに相反して精緻な論理を展開させる後半の展開は秀逸です。
最後のブラックな幕引きといい、奇天烈な設定とロジック、さらには登場人物たちの何処かユーモアを感じさせる風格といい、何だか亜愛一郎とかの泡坂妻夫みたいだな、と感じたのは自分だけでしょうか。
提示される謎を支える設定の奇天烈ぶりという點では、續く「黒衣は議場から消える」もなかなかの出来映えで、個人的にはそのトンデモな設定と丁寧なロジックの融合という部分で表題作とともにお氣に入りの一編です。
議會では政治家が黒衣を傍らにおいて答弁をするという奇怪な風習をブチあげて、その黒衣が殺されてしまうという事件へと繋げていくのですけど、「見えない人」と黒衣という個人を識別出來ない秀逸な設定だからこそのトリックが明かされる推理部分は素晴らしい。前半の奇妙な設定の説明で面食らってしまうものの、推理によって事件の眞相が明かされてはじめて、その面妖な風習の意味合いがシッカリと事件に絡んでいることが明らかにされる趣向もいい。
二編も讀み進めていくと、奇天烈な設定と事件の伏線としてさりげなく言及されているイベントが推理へと結びついていく結構にも頭が馴染んでおりますから、「お歯黒は独身に似合わない」という、コロシこそないものの、奇妙な異世界を舞台にした非「日常の謎」という趣向もごくごく普通に愉しめました。
既婚者にお歯黒という風習が残っているという舞台の説明から、独身女は何故お歯黒をしていたのかという謎が提示される譯ですけども、その動機が、さりげなく添えられたある事柄へと絡んでいく構成も、これまた何となく泡坂テイストを感じさせます。
そしてパラレルワールドにユーモアを微妙に添えた作風から、今回は石持ミステリに特有の感動物語はナシかな、なんて考えていたら、逆説論理に極上の泣ける話で纏めた「鷹は大空に舞う」を披露してくれて大満足。
鷹匠が警察に協力というネタは、もしかしたらリアル世界でもありかな、なんて氣がしてしまんですけど、そんな鷹匠の相方である鷹が捜査の最中に犯人を殺してしまうと事件が発生。その背後に隱されたある眞相が、神に近いところにいる人柱探偵の推理によって明かされるという物語で、異世界の設定を見事に活かした表題作や「黒衣」などに比較すると地味ながら、個人的にはこの眞相の開示によって浮かび上がる感動エピソードはモロ好み。
後半へ行くにしたがって、異世界の設定が、提示される事件にあまり活かされていないように感じられるところがアレながら、最後の「参勤交代」の幕引きは笑えました。日本にやってきたメリケン娘がヘンな國ニッポンの風習に口アングリという設定を逆手にとった作者の稚氣にニヤニヤしてしまうこと請け合いです。
いかにも地雷臭の感じられるあらすじ紹介やジャケのデザインに騙されず、本格好きであれば、ロジックの冴えで勝負するいつもの石持節はしっかりと愉しめるのでご心配なく。石持ミステリのファンであればこの奇妙な設定も没問題でしょう。また個人的には泡坂ファンにも讀んでもらいたいなア、と思ったりもします。