邪惡電波、腦内憑依。
前作「水底から君を呼ぶ」では、「アンダー・ユア・ベッド」に顕著だった「切なさ」を前面に押し出した風格で新境地を開いたようにも感じられた大石氏の新作。主人公の邪惡ぶりはそのままに、ヒロインともいえる女性のエピソードも添えながら、何ともいえない切なさを満喫できる良作に仕上がっています。本作も「水底から君を呼ぶ」と同様、個人的にはかなり好み、でしょうか。
本作の主人公はパイロットで、子供の頃から悪戯が大好きという邪惡君。スーパーで見つけた節約主婦の買い物かごにコッソリと高価なブツを忍ばせておき、レジで「こんなもの買ってないわよっ!」と逆ギレしつつもオロオロする主婦を陰でニヤニヤと眺めてみたり、郵便ポストの中に墨汁をブチまけたりとやりたい邦題の悪戯は次第次第にエスカレート。
ついには電車のホームで美人を突き飛ばして殺してしまうと、あとはもうやめられないとまらないとばかりに様々な邪惡な遊戯に手を染めてしまいます。で、彼いわく、腦内に棲んでいる「あいつ」が自分に命令するんだ、といっているんですけど、これを分かりやすく説明すると、要するに「あいつ」というのは腦内電波。
で、その内なる電波は様々なアイディアを思いついては主人公に提案したりするのですけど、そんなキ印でありながらもハンサムで頭が良くて女にモテモテというところは大石ワールドのお約束、おまけに職業はパイロット、住んでいるところは横浜の、港の見えるマンションで愛車はボルボとそのキャラ造詣は完璧です。
ボルボといえば、「死人を恋う」の後半に登場した小心野郞の愛車もそうだったのですけど、あちらのボディカラーは黄色という癖玉でありましたが、本作の邪惡君のマイカーは濃紺で、同じボルボを扱いつつもそのカラーで登場人物のキャラを明確に振り分けているところなどは流石だなと思いました。
で、この主人公は職場のCAからもモテモテであるにも関わらず、決して彼女たちと寝るようなことはせず、売春婦を買うことしかしないという、妙なところでストイック。
もっとも前半、年上のCAからのお誘いを受けて主人公は結局彼女と寝てしまうのですけど、その彼女というのが年上の子持ち、おまけにバツ一。さらには主人公と同じように自分の心の中に邪惡な「あいつ」を飼っているという、「気心の知れた」共犯關係にあるという設定もいい。
物語は彼の悪戯を延々と書き綴っていくだけ、というような直線的なものでは決してなく、彼はヒョンなことから、かつて駅で突き飛ばして殺してしまった女の娘と知り合ってしまい、そこから二人の数奇な運命を軸にして、主人公が最後には自分の得意分野でとっておきの大量殺人を画策するまでを描いていきます。
まあ、最後の大量殺人のアイディアについては、主人公のキャラがこれだったら絶對にこれしかないでしょう、というものながら、本作ではそこに至るまでの主人公の内心と、彼の周囲を取り巻く脇キャラとの關係をじっくりと描いていくことで、じわじわと物語を盛り上げていく展開が堪りません。
個人的には、彼とは邪惡なカップルとなりそうだった、年上CAとの關係も添えて、売春婦とこのCAとの隠微な三角關係を描いてくれたら最高だったんですけど、そうなると最後のエピローグが効いてこないし、……なんて考えると、この年上CAとの關係をバッサリと切り捨てた本作の結構はやはり正解、ということになるのでしょう。
残酷描寫はごくごく控えめに、主人公の冷徹な邪惡ぶりをジックリと描き切ったことで淡々とした印象を与える風格ながら、脇キャラも含めた登場人物たちの造詣は紛れもなく大石ワールドの真骨頂。
ただ、昔に比較すると、エロ系でも、元売春婦の彼女に口でしてもらっている時に飛びっきり邪悪なアイディアを思いつくなど、キモとなる場面ではシッカリと取り入れられているものの、「朝までしゃぶっててあげる」などの定番台詞は見られず、「うぶっ、うぶぶっ」も、「いやーっ!」もないところなど、昔からのファンとしてはチと寂しい氣持ちになってしまったこともまた事實。とはいえ、そのぶん、「ああっ」に關してはいつになく多めに投入されているのでご安心を。
何だか、昨日取り上げた「赤い夢の迷宮」のOGと微妙にリンクする邪惡さの際だった作品を二日續けて讀んでしまってちょっと鬱。明日はもう少し明るい作品を取り上げることにしたいと思います。