冒頭に少し奇妙な謎を提示して、それを退職刑事が推理するという定番の構成ゆえ、明らかにされる真相の奇天烈さか、或いは眞相に至る過程で繰り出される超絶推理を期待してしまう譯ですけども、シリーズ第一弾に比較するとそのいずれもが些か小粒に感じられるところがちょっとアレ、でしょうか。
収録作は、自殺志願の男が芝居の切符を買っていたのは何故という謎を扱った「遺書の意匠」、殺し屋の自首に絡めてホテルを舞台に非予定調和な殺しが現出する「遅れてきた犯人」、右きき女が右手の爪だけを切って殺されていたという奇妙な状況に、キワモノマニアも大満足の眞相が暴露される「銀の爪切り鋏」、謎めいた女の行動の背後に意想外な事件の進行が明らかにされる「四十分間の女」、花嫁殺しで旦那を犯人認定した息子に退職刑事がツッコミを入れる「浴槽の花嫁」、真冬にビキニ姿で見つかった女の屍体の眞相とは「真冬のビキニ」、結婚式當日に新郎が透明人間に殺される「扉のない密室」の全七編。
いずれも贅肉をスッカリ削ぎ落とした構造から、ツカミとして冒頭に提示される謎が魅力的であるかどうかが結構重要な譯ですけど、本作の場合、奇天烈といっても自殺志願の男のチケット購入とか寒中水泳の水着女とか、おおよそ魅力的な謎とは言い難い代物ゆえ、殺人事件を扱った作品といっても、寧ろここは頭を「日常の謎」的な視點に切り替えて讀んだ方が愉しめるかもしれません。
まず謎を提示して、その後はコロシの被害者も含めて事件の關係者の説明やアリバイなどが退職刑事のツッコミもまじえて語られるのですけど、コンパクトな謎に比較して、こちらの概況説明はフェアプレイを標榜する安楽椅子探偵ものの宿命としてやや冗長、……とこのあたりにやや頭デッカチな印象を感じてしまうところがちょっとアレ、というかそもそもフェアプレイとかに拘泥せずにただ推理の流れを愉しみたい自分のようなボンクラは本シリーズの良い讀者とはいえないのかもしれません。
基本的に、息子の概況説明とそこにツッコミを入れてみせる退職刑事の會話だけで話が進行するものですから、そのおしゃべりに少しでもユーモアが添えてあれば自分のようなボンクラもそこそこに愉しめるのですけど、くだんの退職刑事は恍惚爺らしくただ日本茶を啜ってはツッコミを入れるばかりで、息子は息子で事件の説明に一生懸命でありますから、物語がどうにも平板に流れてしまうのも仕方がないといえば仕方がない。
とはいえ、純粋にフェアプレイを主体にしたゲーム小説という、本作の趣旨に従った「讀み」を行うのであれば、収録された短編もそのストイックさと丁寧な推理において大いに評價されるべき佳作揃い。
収録作の中では、殺された女が片方だけ爪を切っていたという「銀の爪切り鋏」が好みで、いかにも小粒な謎に推理と憶測と妄想をくわえていくや、キワモノマニアがグフグフと忍び笑いを洩らしてしまうようなエロっぽい眞相へと轉じていくところが素晴らしい。
爪切りの眞相に關しては、ボンクラでも推理が可能な動機とはいえ、その周辺に凝らしたネタから犯人と事件の引き金となったアンマリな状況が明らかにされていく展開が面白い。
しかしこの作品もよくよく讀み返してみると、その魅力は冒頭の謎の眞相そのものにあるのではなくて、謎を追いかけていく課程で次第に明らかにされていく事件の概況そのものと、そこから明らかにされていく推理の流れにある譯であって、冒頭の謎とその眞相というものを一つの對として考えた場合、その狙いはややハズれているのではないかなア、なんて感じがしてしまうのですが如何でしょう。
「遺書の意匠」は、自殺する男がその翌日の芝居の切符を購入していたのは何故、という謎から始まり、それはおかしいというところから他殺説の推理も添えて物語は進みます。本作でも、自殺志願の男がインポだったことが眞相に辿り着くキモになっていて、そこへ現場から發見されたヌード寫眞も添えて、これまたアンマリな背景が明らかにされていくという結構です。
ここでも眞相は謎と對になるべき答えとはやや離れたところに着地し、自殺か他殺かというこのテの謎では定番の憶測から次第に捻れていく推理が面白く、冒頭に提示された謎の中で言及されている芝居の切符に焦點を當てながら、その視點が自殺の動機とその背景に隱されていた眞相へスライドしていく構成もまた秀逸です。
「四十分間の女」は、一週間續けて浜松に通い詰めていた女が殺されてしまう、というお話で、ここで謎となるのはその女が浜松にいた滞在時間がタッタの四十分であるというところ。またここには、何故浜松に通い詰めていたのかというのと、女の死という二つの謎が提示されていて、タイトルにもなっている四十分間の滞在の眞相については正直ガッカリながら、そこに絡めて思いもよらない事件の進行を解き明かしてみせるところに感心しました。
そして付随するもう一つの謎によって背後の事件に隱されていた眞相を明らかにするという、いわば二重の構成によって、謎そのものが喚起する「引き」の弱さはカバー出來ているようにも感じられます。終盤の推理によって明かされる事件の眞相には驚けるものの、ここでもまた謎と眞相を一對のものとして、後半の推理では論理のアクロバットによって意想外な眞相が明かされることを期待してしまう自分としては少しばかり不満が残ってしまうのもまた事実、……というか、本シリーズにこういう期待をしてしまうことがそもそもの間違いなんですけども、やはり現代の本格を讀み慣れた自分としては、シリーズもののストイックなコンセプトを無視しても勘違いなイチャモンをつけたくなってしまうのでありました。
という譯で、第一巻に續いて第二巻である本作も個人的にはアレだったものの、丁寧に織りなされたロジックを堪能するには格好のシリーズゆえ、自分のような妙チキリンな讀み方さえしなければ十分に愉しめると思います。