電波女に不気味ちゃん総出演。
「第1回『幽』怪談文学賞 長編部門大賞受賞作」なんて賣り文句を抜きにしても、個人的には非常に愉しました。
あらすじを簡單に纏めると、カリスマホラー作家を主人公に、その娘である不気味ちゃんが描く不気味繪をきっけかに日常が壊れていくというお話で、平易な文体でありながら讀者のイヤ感をマックスに引き上げる表現も抜群で、このあたりの眉を顰めるたくなるディデールのイヤっぽさがまずキワモノマニアには堪りません。
特に個人的にツボだったのが、主人公であるカリスマ作家の担当となっているイヤ男の描寫でありまして、禿で口臭体臭がひどくて下品な笑いをする楠木なる編集者の造詣をさらりと書き上げているのですけど、例えば主人公が「十二冊目に出した長編小説が早くも全国書店の月刊ランキング一位に輝いた」ということをこのイヤ男が報告するくだりでは、
こういう報告は当然、卓郎にとっては嬉しくめでたいことだ。楠木は卓郎以上に喜び、それを不快な形で表現する。耳障りな大声、生ゴミのような口臭、スプリンクラーのように振りまかれる唾。笑いと共にこれらが半径五十センチ以内に振りまかれる。楠木が編集部や女性作家の間でとびきり評判が悪いのもわかる気がする。
不快指数をグングンに盛り上げるディテールも素晴らしければ、不気味ちゃんという子供ネタを中心に据えたアイディアと、その父親であるカリスマホラー作家の視點から物語を転がしていく構成も秀逸で、不気味ちゃんが描く薄気味悪いスケッチをほほえましい様子で眺めていた主人公の視線が、その周囲で發生する事件とともに、次第に崩れていく流れはこの系統の恐怖小説の真骨頂。
死神野郞の紙芝居が轉じてリアルな不気味劇場となる薄気味悪いプロローグから、イヤ編集者の不快な造詣も含めて淡々と、しかし徐々に不気味さを盛り上げていく前半部の「仕込み」だけでも、そのシンプルでいながら微妙に引っかかる文体で相當に讀ませます。
本作で興味深いのは、中盤、そして後半に物語の雰圍氣が急転するフックが仕掛けられていることで、前半部のイヤ感溢れる描寫でジットリと描かれた暗黒開示と、後半、すべての事象の眞相を解明しようと立ち上がる主人公の物語とを比較すると、その風格の違いは明らかです。
この後半の急転をもって、東氏は「後半やや書き急いだ印象を受けたのが残念」と感想を述べているのですけど、個人的にはこの性急にも思われるドミノ倒し的展開も、「リング」以降の現代ホラーとして見ればアリかな、というふうに感じました。
前半部の仕込みは、そのディテールを積み重ねることによって、次第にイヤ感と不気味さを盛り上げていくという、いうなれば静的な展開を多分に意識した書き方で纏められている一方、後半部の「謎解き」部分に相當するところでは、惡鬼との對決と眞相の開示を、「リング」などの現代ホラーを彷彿とさせるサスペンスの風味を添えて描かれているゆえ、その前半部との對比ゆえに妙に書き急いだ印象を持たれてしまうのも仕方がないかなア、という氣もします。
それでも前半部から中盤に至るまでを、不気味ちゃんの惡っぷりと主人公を取り巻くリアル崩壊だけで纏めて、この事象の背後にある眞相を解き明かさずに物語を終えても十分に讀ませる作品に仕上がったカモ、なんて感じもするし、また後半のすべての現象の背後にいたアレの過去をもっとネチネチ、ジックリと描いていけば、それだけで貞子級の名キャラになったカモ、なんて考えてしまいましたよ。
もうひとつ、前半の不気味さをめいっぱいにきかせたディテールが効力を発揮しはじめる中盤の急転も見所もひとつで、美人編集者といいカンジになっていく主人公のウキウキぶりに相反して、不気味ちゃんの呪力が発動していく構成には心拍数が上がりっぱなし。個人的には後半の展開よりも、この中盤イヤな感じで盛り上がるところが怖さという點ではピカ一でした。
そして後半部に突入することで明らかになっていくアレの電波ぶりがこれまた、前半部の体臭編集者を遙かに上回るイヤっぽさで、前半部で不気味ちゃんがママと呼んでいた存在にミスディレクション的な仕掛けがあったことが明かされる構成にはニヤニヤしてしまいました。もっとも本作の構成に着目してこんなフウに讀んでしまうのは、ミステリ好きの自分だけだとは思いますが、このあたりの仕掛けに着目して讀むのもまた愉しい。
和モノホラーでは定番の、暗闇にボーッと佇んでいると思わせるアレの存在や、寫眞をネタにした小物使いも巧みで、特に主人公が夫婦のアルバムの中から不気味寫眞を見つけたところではゾーッとなってしまいましたよ。
福澤氏を思わせるイヤキャラの描寫、そして牧野氏にも通じる電波攻撃と、これだけでもキワモノマニアには二重丸ながら、「リング」以降の現代ホラー的な風格と展開までも贅沢に詰め込んだ構成と、プロローグや呪いの存在にミスディレクションを効かせた技巧も含めて本作、大いに堪能しました。
文体から構成まですべてにソツがなく見える作品なのに、文章の隅々からは尋常ではない破格さが感じられるところなど、新人とは思えない、――というのはこういう作品に使うんだろうなア、と思わせる逸品でしょう。
あとこれは物語とはマッタク關係ないことなのですけど、単行本でシッカリとつくられた一冊なのに1260円という値付けに吃驚ですよ。普通、このボリュームだったら絶對に1600円超じゃないかなア、なんて考えると本作はその内容とともにお買い得感も上々の、正に「買い」の一冊といえるのではないでしょうか。オススメ、でしょう。