地味男を主人公に据えた「ガル3号」シリーズに續く創元推理文庫の新作は、1920年代のシンガポールを舞台に、淡泊な地味男が陰謀に巻き込まれるというサスペンスです。
サスペンスを軸にしつつも、物語は大きく二つのパートに分かれていて、その一つに「白蘭殺人事件」という名前がつけられている通りに、タカビーな中華娘が殺されるという殺人事件もシッカリと用意されていて、そのコロシの眞相を探っていく本格風味が添えられているところが素晴らしい。
そしてガル3号の船長と同様、淡泊な地味男が主人公という設定もナイスで、この凡人フウの日本人が、ヒョンなことから日本人同士の仲違いの仲裁をしたり、お偉方からの依頼で娼館を全廃したり、はたまた中華ヤクザの抗爭をアッサリと収束させたりと、自分の身の丈以上の仕事をバシバシとこなしていくのですけど、こんな地味男が物語の冒頭からコロシの犯人に間違われて逃亡するハメに。
で、ガイシャはパートのタイトルにもある通りに、白蘭という名の中華娘で、主人公は彼女の兄と知り合いではあるものの、この娘っ子との關係はなかなか明らかにされません。コロシの犯人に間違われて主人公が逃亡していく過程で事件の眞相に近づいていく現在のパートを「白蘭殺人事件」とし、この事件が發生するまでのいきさつを「回顧」というタイトルのつけられたもう一つのパートで語っていくという結構で、物語は後半に進むにつれて、次第に主人公と白蘭との關係や、殺人事件の背後にある陰謀が明らかにされていくという展開も巧みです。
イギリス人にチャイニーズ、そして日本人とそれぞれが互いにシマをつくりながらも、決してそれらの小社會も一枚岩ではなくてゴタゴタしているという設定も秀逸で、日本人は大嫌いと嘯いていたチャイニーズの弟が日本人の娼婦にベタ惚れしてしまったり、アジア人の男を完全にバカ扱いしていたタカビーな中華娘が、これまたその見下したような口ぶりとは裏腹な行動をとってしまったり、はたまた学歴コンプレックスを抱いている英国野郞が不倫のアバンチュールに悩んだりと、國家レベルでの謀略をにおわせつつも、そこにそれぞれの登場人物たちの情事を絡めて物語を展開させていく構成もいい。
本格の仕掛けとして見た場合、物語が後半に進むにつれて、件の白蘭コロシの犯人はほどなく判明してしまうのですけど、そこから事件の背後にある謀略が次第に明かされていきます。個人的にはここで開陳される現代本格のとある趣向と、國家レベルでの謀略を対照させているところが素晴らしいと思いました。
国体と個人という二つの軸を陰謀と情事というかたちで照応させつつ、事件の眞相が明らかにされていくところも秀逸で、主人公が英国野郞やブチ切れたチャイニーズの追っ手から辛くも逃れながら事件の眞相へ迫っていくというサスペンスで物語を転がしつつ、謎の解明という本格の趣向をもシッカリ取り入れているところが堪りません。
用心棒やいかにも訳ありな新聞記者など、主要登場人物のほかにも魅力的な脇役がテンコモリで、異国を舞台にしたミステリとしても十二分に愉しめるのではないでしょうか。個人的にはやはりタカビーな中華娘がツボで、現代の作品としてはまずそのツンデレぶりに注目、でしょうか。しかし主人公とも縁の深い、この中華ヤクザのファミリーときたら、血の気の多い弟は日本人は死ねばいいのに、なんていっておきながら日本娘の娼婦に惚れてしまうわ、妹は妹でアレだしと、冷静に見ればかなりイタい(爆)。
多島氏の文章は、その物語の風格に相反して非常に淡泊ながら、こうも引き込まれてしまうというのが摩訶不思議。ガル3号シリーズに見られた極上の風格と人間ドラマがツボだった人は本作もきっと愉しめると思います。