五感誤導。
第一巻ということもあって、奇天烈な謎と奇想が爆発する第二巻より後の作品に比較すると、シリーズものには定番の主要登場人物のキャラ紹介などにも頁がさかれていることもあって事件そのものはやや控えめ。
しかしやはりそこはヘンテコな山田ミステリで、短い文章を繰り出してテンポ良く展開される物語、そして抜群のサスペンスにエロスのフレーバーをたっぷりまぶしたゴージャスぶりが素晴らしい一册です。
本シリーズのキモでもある囮捜査官という設定がまず秀逸で、連續殺人事件の犯人をおびき出す為にセレクトされたという本作のヒロインは、男心のダークサイドを刺激してしまう魔性の女。で、この魔性ぶりを活かして連續殺人事件の犯人をおびき出してしまいましょう、という話。
電車の中で女が痴漢に遭遇しているシーンから始まり、そのあとすぐさま物語のヒロインである志穂が囮捜査を行う場面へと移るのですけど、マンマと犯人をトイレに誘い出したと思ったらそれが大きな勘違い、という展開が續き、そのたびに怪しい容疑者が入れ替わり立ち替わり現れるという展開は一本調子ながら、本作が秀逸なのは、警察の捜査ミスを縦軸にして様々な手掛かりを鏤めながら、犯人へと近づく一番大きな謎を捜査の目から退けているところでしょうか。
幾たびかの勘違いを経た後、ついに決定的な手掛かりを見つけた警察が浮き足立って囮捜査を大敢行、ヒロインに真犯人の魔の手が近づくその瞬間に件の謎がヒロインの脳裏に思い浮かぶというシーンは本作の一番の見せ場。
解説で法月氏が述べている通り、中盤以降に大きく前に出てくる謎は「見えない人」でありながら、個人的には上に挙げた通り、畳みかけるように物証や証言を繰り出すことによって、当初は捜査線にも上っていた犯人確定の決め手ともなりえる大きな謎を隱してしまう技巧に感心至極、ド派手な仕掛けこそないものの、このあたりの小技が冴えています。
いうなれば「見えない人」という中盤に大きく浮上する謎そのものが、真犯人の実像を隱してしまう為のいわばミスディレクションにもなっているように感じられます。サスペンスを基調に物語をテンポ良く進めていくことによって、警察側の捜査ミスや次々と飛び出してくる手掛かりも違和感なく物語の結構に収まり、さらには痴漢や変態男の大盤振る舞いによって添えられたB級エロスがまた真犯人の特徴を覆い隠す絶妙な効果を上げています。
「ミステリ・オペラ」を典型とした、いわゆる本格マニアがイメージする山田ミステリとはその風格も異なり、重厚感こそないものの、エロスとサスペンスに支えられた本作の仕掛けはこの物語には必然のように感じられるのですが如何でしょう。
シリーズものとして見た場合、ヒロイン志穂も含めた登場人物たちがそれぞれに個性的なところも素晴らしく、「やや憂いを含んだ美貌」のヒロイン志穂も魅力的なのですけど、もう一人の囮捜査官である水樹が個人的にはツボで、二十一歳なのにセーラー服を無理矢理着せられて「売れないAV女優」みたいな格好のまま囮捜査に駆り出されたりといったエロいサービスもしっかりと用意してあるところもキワモノマニア的にはツボでした。
今回再讀して氣が付いたのですけど、解説で法月氏が山田氏の「妖鳥」の讀後感が連城氏の「暗色コメディ」に似ていた、という指摘は面白く、以前この二作を再讀した時にはもう一方の作品を想起することはなかったのですけど、今度「暗色コメディ」を再讀する時には法月氏の指摘を頭の片隅におきつつ讀み進めていこうかな、と思った次第です。