硬派路線、伏線にメロメロ。
長編を二作しかマトモに讀んでいない自分の中では、霧舎氏というとトンデモすれすれの大トリックと、そんな硬派ぶりとはミスマッチなベタベタのメロドラマの風格がかなりアレ、という印象があったのですけど、短編集である本作は硬派に軸足をおいた風格が際だち、巧みな伏線と見事な仕掛けで魅せまくります。
収録作は、電車の中で死神男がトリッキーなコロシを開陳する「手首を持ち歩く男」、日常の風景から恐ろしい犯罪が浮かび上がる傑作「紫陽花物語」、オリジナルよりも遙かにイヤキャラとなった極悪御手洗が動物園での不可解なコロシを推理するパスティーシュ「動物園の密室」、特殊な毒蛇をコロシに使って不可能犯罪を現出させた「まだらの紐、ふたたび」、おセンチなデブ男と不思議ちゃんがベタベタのメロドラマを大展開させる「月の光の輝く夜に」、そして連作短編らしい趣向で華麗なる伏線回収を魅せてくれる「クリスマスの約束」の全五編。
「手首を持ち歩く男」は、特にその記述の妙に関心してしまう作品で、冒頭、新幹線の中で野郞二人がいいあっている場面が流れると、そこからは焼き芋のように生手首を新聞紙にくるんでヌボーっと死神男が御登場。惨殺死体が見つかり、芸術派武装集団内部での内ゲバかと思いきや、そこには犯人のトンデモなトリックが仕掛けられていて、……という話。
かつては武装集団グループだった三羽鴉の恨み辛みがコロシへと発展する、という展開は平凡ながら、同じ武装集団といってもそれが芸術派を名乗るところがまず意味不明。思わず芸術派舞踏集団、なんて誤変換してしまいそうな野郞三人のうち、最近刑務所を出てきた男がコロシの予告をしていたらしいというから穏やかじゃない。事件は死体の発見とともに奇妙な捻れを見せていきます。
本作が優れているのはやはりその巧みな伏線にあって、後半の推理場面ではそれが怒濤の傍点によって種明かしがなされるところなど、思わずマニアもニヤニヤしてしまう素敵な趣向には大満足。冒頭に提示された場面が、謎解きを経た最後になって再び傍点つきで繰り返されるところが個人的にはツボで、作者の細やかな気配りに思わず脱帽してしまう逸品です。
續く「紫陽花物語」はハイカラなタイトルに相反して、日常の風景の中に神隠しやキ印の存在を交えたおぞましい犯罪を暴き出す傑作で、マンション周辺のいかにも平凡な風景が探偵の推理によって一轉、過去から現在進行形の恐ろしい犯罪構図へと變じるところが素晴らしい。最後のオチも痛快で、謎解き、伏線、その幕引きと、収録作の中では一番のお氣に入りでしょうか。
「動物園の密室」は御手洗もののパスティーシュで、舞台は石岡君と御手洗のシマである横浜。しかし本作に登場する御手洗というのが、オリジナルを遙かに上回るイヤキャラで、石岡君のみならず警察諸君まで完全にマヌケ扱い。
さらに後半で惡足・惜きを見せる犯人に對しても容赦なく、陰惨なコロシとその眞相に眉根を顰める以上に、御手洗の極惡ぶりにゲンナリしてしまう一編です。密室の不可能犯罪も秀逸ながら、凶器の消失に絡めた眞相はあまりにエグく、御手洗のイヤキャラぶりも含めて後味の惡い一編、でしょうか。
「まだらの紐、再び」は作者が「生まれて初めて書いたミステリ」ということもあって、構成にやや堅さが残るものの、凶器となる毒蛇に趣向を凝らしたトリックはなかなかのもので、特に現場を密室にする動機には思わずはっとさせられました。冒頭から事件の発端へと流れる構成から犯人はバレバレなのですけど、個人的にはこの密室の動機だけでも大満足、いつになく硬派の風格にも霧舎氏の違った一面を見ることが出來たような氣がします。
で、「紫陽花物語」では探偵と娘っ子のメロメロぶりをさりげなく添えてはいたものの、ここまでは至極硬派な風格の作品ばかりが揃っていたものですから、いつものベタベタメロドラマも流石に今回はナシ、ということなのかなア、なんて油断していたら、續く「月の光の輝く夜に」では、前半部で封印していたムズムズしてしまうようなメロドラマを大展開。
満月の夜に公園でフルートを吹くデブ男の圖、って、これが平山センセの「東京伝説」だったら完全に「アブない人」。本作はそんなメルヘンなデブ男と不思議ちゃんとの戀物語でありまして、デブ男が今まで吹いていた唾まみれのフルートを不思議ちゃんが嫌がることもなく間接キッス、とか、二人のお泊まり旅行では不思議ちゃんがデブ男にマウントをとって白い太腿をチラ見せ、とかキワモノマニアもグフグフと忍び笑いを洩らしてしまうエロシーンもしっかり用意されているとはいえ、基本路線はこちらの背中がムズムズしてしまうようなメロドラマです。
一線を越えることが出來なかったデブ男は不思議ちゃんにフラれてしまう譯ですけど、その理由が前半部の伏線とともに明かされるところは完全にメルヘンポエム。しかしこの本格ミステリにしてはどうにも甘すぎる結末が、ボーナストラックである「クリスマスの約束」で明かされるという構成は素晴らしいの一言。
この「クリスマスの約束」で、収録作の伏線が見事に回収される構成について、諸岡氏は「作品内で完結する伏線だけでなく、作品の枠を超えて機能する伏線が大量に描き込まれている」、と解説で述べているのですけど、そうなると作者の霧舎氏は、例えば「動物園の密室」を書いた時間で「クリスマスの約束」も構想していた、ということになるのでしょうか。
自分は「クリスマスの約束」で連作短編のような繋がりを見せる本作の構成は、芦辺氏が短編集でよくやる方法、――すなわち「クリスマスの約束」は収録作すべてを連關させる為「だけ」に書かれたのだと思ってましたよ。いずれにしろ「クリスマスの約束」によって本作が見事な完結を見せる構成は秀逸で、一編の完成度は勿論のこと、短編集として見ても非常に綺麗な仕上がりを誇る一冊といえるでしょう。背中がムズ痒くなるようなメロドラマ含有量が少なめな分、本格の仕掛けに集中できる風格も素敵で、個人的には非常に愉しめました。オススメ、でしょう。