泣き虫女の大奮闘。ワル不在の村八分編。
月刊・島田荘司の第五彈である本作ですけど、御手洗も吉敷も登場せずメインをはるのが里美ということもあって、いかにもチャラチャラしたユーモアミステリかと思っていたんですけどさにあらず。雰圍氣は輕めながら奇天烈な謎も絡めて展開させる物語には、ハンカチ王子や氷川きよしに大夢中のオバさま方にも分かりやすく冤罪問題の解説がなされていたりと、社会派の視點も交えた讀み應えのある作品に仕上がっています。
物語は司法修習生として倉敷の弁護士事務所に勤めることになった里美が、奇天烈な殺人事件に關わることになって、という話。この事件というのが奮っていて、祭の日、神社の境内にある離れの建物の軒下から腐乱死体が出現。で、そいつを發見したオバさまがたがギャアギャア悲鳴を挙げて警察を呼んでいる間に死体は消失してしまったという。
軒下に隠れていたホームレスがほどなくして逮捕され、死体が消えたところに殘されていた時計と毛髮から被害者と思しき人物は容易に特定される。このルンペンの国選弁護人として里美がいる事務所に声がかかったのだけども、しかしどうにも弁護士先生はやる氣がない。更にはこのルンペンの不敵な態度に弁護士先生は激昂、果たして里美は同期の中年男とともにこの男の弁護に奔走する、という話。
里美たち司法修習生が力を合わせて事件の謎を解いていくという展開が心地よく、彼らのキャラ分けも非常にうまく出來ています。里美に惚れてしまうミステリマニアの真面目君が要所要所で活躍を見せるところも面白く、里美とコンビを組むことになった元先生の中年男もまたいい味を出しています。
一方、真面目君と同じ事務所で働くことになった高飛車女がこの中ではとびっきりのイヤキャラで、可愛い子ぶっている里美には非常に攻撃的。さらにこの女は真面目君を完全に奴隸と見なして、なあなあな雰圍氣で盛り上がる里美たちに對しては完全にバカ扱い。
いかにも冷静なキャリアウーマンを裝う一方で非常に感情的な一面を剥き出しにするところなど、御大的には完全に日本人の典型ながら、その自覚がまったくない痛い性格が相當にアレ。しかし自分の予想としては、里美にベタ惚れで祭の夜には辛抱タマランとばかりに里美の唇を奪ってしまった真面目君とこの高飛車女が最後には結ばれるんじゃないかなア、なんて思うんですけど如何でしょう。
ことあるごとにメソメソと泣きまくる里美もかなり痛いかんじなんですけど、後半、真面目君の助けもあって裁判中に自らの意見をブチあげるところなど思わずガンバレと應援したくなってしまいましたよ。相變わらず「ねー」と語尾を伸ばす話し方はアレなんですけど、艶っぽい着がえシーンのファンサービスも含めて、自分は本作で結構、里美というキャラが好きになってしまいましたよ(爆)。因みにペチャパイの里美は寄せてあげるブラを愛用とのことで、以下引用。
Tシャツを脱ぎ、スカートを床に落として、素肌の上に浴衣を羽織った。帶を廻し、締めてみたら、頑丈な針金入り、寄せて上げるブラのせいで、胸がぽんと前方に飛び出す。なんだか変なのでブラジャーをはずした。そうしたら、今度は一転前がぺたんとなってしまって、落ち着きはするけれど、なんだかもの足りない。こんなに差がなくてもいいのにと思う。
吉敷シリーズなどと違ってゲス野郎が登場しないところが本作の特徴でしょうか。その必然の展開として、里美たちが弁護をすることになる浮浪者は眞犯人ではありません。しかし犯人ではないとはいえ、この男というのが重度のパンチラマニアで、接見に訪れた里美に對してパンツ見せろ、もっと股を開けと、弁護士先生の卵に對してスケベまる出しのエロっぽいリクエストをしつこくリピート。
もっとも里美も男を挑撥するようなミニスカートを穿いているのが惡いといえば惡いんですけど、ミステリマニアの真面目君も含めて周囲の男をメロメロにしてしまう里美の持っている女の魔力が今後の活躍にどう絡んでくるものなのか、期待したいと思います。
しかし「女性自身」に連載とはいえ、惡役となる檢察の強引かつ無茶苦茶な起訴内容は完全に常軌を逸していて、いくらオバさま方に冤罪の仕組みを分かりやすく説明する為とはいえ、これではアンマリ。最後はレオナも顏負けの里美の大活躍で事件は一氣に集束に向かうのですけど、眞犯人の独白によってこの人物も一定の同情も余地があったりするところなど、弱者に對する眼差しも感じられるところはやはり御大。
事件のトリックは正直かなりの脱力もので、前半にこれの鍵となる蘊蓄がさりげなく述べられてはいたものの、まさかこんなことに使われているとはまったく思いもつきませんでした。という譯で自分的には完敗。腐乱死体の出現と消失については、ミステリマニアの真面目君も頭も抱えてしまうほどのネタだった譯で、このトリックに氣がつくことが出来る人は正直かなり凄いと思いますよ。
しかし里美が弁護士になったら、恐らく吉敷と一緒に事件を解決する、なんていう展開もあるんじゃないかなア、なんて期待してしまうんですけど、どうなんでしょう。今回は御手洗のミの字も登場せず、石岡君もあくまで人生の先輩として助言をするだけにチョロッと姿を見せるのみで、事件に大きく絡んでくることはありませんでした。しかし本作を讀む限り、里美一人だけでも十分にシリーズのメインキャラとして物語を転がしていくことは出来るような氣がします。
大きな仕掛けこそないものの、脱力悶絶のトリックと、里美というヒロインの新たな魅力を堪能出來る佳作で、個人的には結構お氣に入り。肩の力を抜いて一昔前の推理小説フウの物語を辿りつつ、最後の眞相に脱力する、という讀み方がいいかもしれません。