倒叙形式の變容體。
本作は、綾辻氏訪台時の寫眞を自サイトに公開されている冷言氏の短篇。こちらはつい最近サイトに連載の形で發表されたもので、軽いユーモアを交えた倒叙サスペンスの構成をとりながら、その實いかにも氏らしい、獨特の仕掛けが光る佳作といえるでしょう。
物語は、レトロ趣味の男の独白と、スケベ野郎をマンマと殺した巨乳の日本人女性の視點とが併行して描かれていきます。冒頭、コン畜生!なんてレトロ君が毒つくシーンから始まるのですけど、何と自分が山の中の防空壕に築き上げた秘密基地でマッタリしていたところへ、天井をブチ破って死体が落ちてきたから超吃驚。
しかしこのレトロ君は相當の變わり者でありますから、死体云々より何よりも御自慢の蓄音機とレアものレコードが壊されてしまったことに我慢がならない。どうにか犯人を捕まえて弁償させてやると意氣込むのだが、――というシーンの一方では、若い女がマンマと男を殺害して、その死体を山の中に遺棄するところまでが描かれていきます。
因みにこの女は巨乳が自慢の日本人女性で、死体を車に積み込んで山中に向かう道すがら、檢問にブチ當たるや鼻の下を伸ばしたスケベな警官に御自慢の巨乳を見せつけてその場を切り拔けたりと、いかにもベタなサスペンスも交えて物語は進みます。
この後、巨乳女が自分の裸を撮影したディスクを取り返そうと殺した男の部屋を物色しているところへ、ヒョンなことをきっかけにレトロ君がやってきます。
で、黒手袋をした恰好で部屋の中をウロウロしている女の、いかにも怪しい素振りから、レトロ君は彼女こそがあの死体の犯人であると確信、變人らしからぬ推理力で彼女が犯人であることを喝破して、ついに女の自白を引き出すのだが、……と物語はこのまま終わりかと思いきや、えっ?という眞相がここで開陳されるという趣向です。
倒叙形式の場面と、探偵役を受け持った男のシーンとが描かれていくところから、何となく島田御大の「傘を折る女」みたいな話かな、なんて考え乍ら讀み進めていったんですけど、二つの場面が併行して進むところを除けば構成は非常にオーソドックスです。
しかしそこは捻くれた趣向を凝らして讀者を驚かせることに巧みな冷言氏でありますから、このまま普通に終わる筈がありません。犯人が自ら犯行を告白したあとになってようやくその仕掛けが明らかにされるところが秀逸。
同じ倒叙形式をとりながらも、讀者に見事な背負い投げを喰らわせた寵物先生の「名為殺意的觀察報告」などに比較すれば、その技は非常に小粒といえるでしょう。しかしあらためて讀み返してみると、二つの場面での、「仕掛け」を多分に意識したミスディレクションの手法は見事で、犯人の意図していないある事柄を作者が巧みな小説的構成で一つの技へと昇華させたところは評價されるべきでしょう。
倒叙形式では御約束のサスペンスも、巨乳女の場面ではシッカリと記述されているものの、自らのセクシーな肉体自慢を織り交ぜた女の文体で語られるこの場面と、トボけまくったレトロ君の珍妙な語りに流されて、二つのパートでは後半に炸裂する「仕掛け」に大きく関わる「あるもの」が、レトロ君の場面ではまったく語られていないところに注目で、「現在是晩上七點鐘」から始まる巨乳女の語りの中では、あくまでサスペンスを盛り上げる必然としてその「あるもの」はところどころで具體的に語られているところの対比。この大胆にして繊細な「逸らし」の技法は見事です。
冷言氏の作品では「風吹來的屍體」もまた同樣に二つのパートが描かれていき、そこに伏線が隱されていた譯ですけど、フーダニットという點から見ると、その特異な構成故に犯人像が容易に割れてしまう危惧も感じられたのに比較すると、本作では探偵役のレトロ君の視點を中心に、巨乳女の犯人の視點から事件の流れを倒叙形式で描いていくことで、フーダニットという點ではすでに手の内を明かしている。
いかにも普通の倒叙形式を裝いつつ、仕掛けの趣向はこの巨乳女の犯罪がいかに暴かれていくのかという、倒叙ミステリ的なところにあるものと思わせ乍ら、本當の仕掛けを隱蔽する「逸らし」の技法が活かされた作品ということが出來るでしょう。
ただ、こういうミステリ的な趣向の解析はマニアにまかせておいて(爆)、本作はやはりレトロ君の惚けた語りで巨乳女との丁々發止のやりとりなどが描かれる中盤のユーモアを堪能するべき軽い作品だと思います。決して大技で讀者を驚愕せしめる譯ではなく、寧ろ予想外の趣向が明らかにされた瞬間にはっとさせられるような、小技の効かせた洒落たミステリとして愉しむべきものだと思うのですが如何でしょう。
それとこれは本作のミステリ的趣向とは全然關係ないんですけど、巨乳女が日本人で、ことあるごとに自分のセクシーぶりを饒舌に語り出すのは如何なものか、と思いましたよ(爆)。
普通の倒叙ミステリの形式を借りつつそこに絶妙のひねりを加えたところなど、倒叙形式の中に大技を凝らした寵物先生の「名為殺意的觀察報告」や、倒叙形式の「くずし」を徹底させて人間の悲哀と無常を描ききった既晴氏の「獻給愛情的犯罪」と同樣、台湾における本年の倒叙ミステリの變容體のひとつとしてチェックしておきたい作品のひとつといえるでしょう。