文庫が出ていたとは知らず、單行本で買ってしまいましたよ。
「四つの花が彩る珠玉の連作ミステリー」といえば、澤木喬の「いざ言問はむ都鳥」などを思い浮かべてしまうのですが、あれほど物語の全体に凝った仕掛けを施した作品という譯ではありません。寧ろ一作一作のなかに込められた登場人物たちの心の機微を巧みにミステリの仕掛けへと昇華させているところが光る佳作です。
例えば表題作にもなっている「十八の夏」。これなどは中盤で登場人物の二人の告白が、物語の流れに大きな転調をもたらすのですが、この仕掛けの巧みさは連城を髣髴とさせます。またこの仕掛けのところへあからさまに傍点をふるあたりもまさに連城的といえるでしょう。
「兄貴の純情」も同樣の仕掛けを用いた作品ですが、こちらは語り手の兄に對する何処か惚けたような視線が愉しい。
「ささやかな奇跡」ではこのようなミステリ的な仕掛けは希薄なのだけども、登場人物の配置に氣を配りながら、その一言のミスディレクションに花の名前を絡ませるあたりのうまさに感心してしまいます。
四作の中で一番ミステリしているのが最後の「イノセント・デイズ」で、重奏する事件の背後にある真実があきらかになった後の重さが辛い。「兄貴の純情」「ささやかな奇跡」と軽く仕上げた作品のあとながら、ラストを飾るにふさわしい重厚な物語です。
過去の事件は果たして事故だったのか、それとも、……という謎解きを表に据えつつ、かつての教え子の變わり樣とその心理を徐々に明らかにしていくという手法はよくあるもの乍ら、本作の場合、うち續く不幸の中心にいながら生き殘った史香という少女の謎があきらかになっていくにつれ、亡くなった崇という少年が強い印象を持って迫ってきます。このあたりも小説的手法が巧みですねえ。
「十八の夏」や「イノセント・デイズ」などは、登場人物の描き方が多分に小説的で、ちょっと出來過ぎているような氣もするのですけど、なかにはこの不器用さを受け付けられないひともいるかもしれません。最近自分が讀んだ作品の中では米澤穂信の「さよなら妖精」に一番近い雰圍氣でしょうか。
この物語もまた主人公の青さがそのまま小説としての不器用さと受け取られてしまうかんじがするのですけど、本作の、……例えば「十八の夏」の紅美子や「イノセント・デイズ」の史香も同じような立ち位置にいるような氣がしました。
これが作者の風格なのか、それともこの物語の作品世界そのものによるものなのかは、他のものを讀んでみないと分からないですかねえ。
ちなみにジャケ帶の煽り文句は「日本推理作家協会賞受賞作 本年度最高の感動を呼ぶ癒しの物語」、……って全然癒やしじゃないですよ。四編それぞれが実はかなり重い物語だと思うのですが、どうでしょう。それとも自分がのめりこみ過ぎたのか。
強度はないものの、讀了したあとじわじわと心の奥に響いてくる佳作。光原百合は初めてだったんですけど、ちょっと氣になる作家のリストに入れておこうと思います。