さて飛行機の中で讀もうと思って鞄の中に詰め込んでおいた本作ですけども、思いのほか入り組んだ物語で頭が混乱してしまいました。
以前双葉文庫で讀んだのはもうずっと昔の話、内容の方はすっかり忘れていたので今回も愉しめたことは愉しめたのですけど、……何というか、構成の明快さとは裏腹に事件の眞相がまったく見えてこないという物語です。とにかく複雜に技巧を凝らした物語、という點では作者のなかで一番かもしれません。
物語はいくつかの章に分かれていて、それぞれに「私」「發見者」「警察」、「容疑者」という具合に章題がふられています。
五章に至ってそれが「誰か」というものに變わり、それは犯人とおぼしき人物の視點から描かれたものであるにも關わらず、この「誰か」の話を信じれば信じるほど、いったい何が起こっているのはますます分からなくなるという仕掛けでして、さらに困ったことにこの「誰か」はどうにも嘘をついているように見えないのです。誰が嘘をついているのか、というよりも、總ての容疑者が真実を語っているのだとしたら、單純に見えるこの事件はいったいどんなものだったのか、というところを探っていくのが本作の面白さであります。
事件の方はその動機から犯行方法に至るまですべてが第一章の「私」で明確に語られています。
私を憎んでいる七人の人間がいて、「私」は今夜、そのうちの誰かに殺されるという独白に始まり、グラスのなかに入れられた青酸カリによる毒殺方法までもがこの第一章で読者の前にあきらかにされています。
しかしその後、被害者の「私」の死体が発見され、第一の容疑者が捕まったのち、今度はある人物がこの事件の犯人は自分であるという遺書を殘して自殺します。
ここから事件は錯綜を極め、「私」を殺したいと思っていた「誰か」すべてが犯人である、と考えないと説明がつかないような事態に陷る。
本當に「私」を殺したのは誰なのか、という謎を引きずりながら物語は進みますが、實はまったく違うところに眞犯人がいて、事件の樣相はまったく違うものであったことが後半に至って明らかにされます。そして「犯人」「被害者」、「探偵」の役割が混然としたま最後に明かされる眞相に唖然呆然。
讀んでいるあいだ、被害者である「私」の身勝手さがどうしても許せなくて、頁をめくるごとに苛々していたのですけど、最後に「共犯者」の章であきらかにされる眞相を讀んで、少しだけ「私」の心情に心を動かすことが出來たものの、連城作品のなかでもこの「私」のキャラのイヤ度は他作品のヒロインに比べて圖拔けているのではないでしょうかねえ。
技巧派で知られる作者の作品のなかでもやりすぎ、といえるほどに事件をこねくりまわした本作、普通の本格ミステリが好きな人間にはまず受け入れられないでしょうけども、まともなミステリでは満足出來ないという因果なファンには是非讀んでいただきたい佳作であります。