嫌いじゃないです。ただもっとハジけても良かったんじゃないですかねえ。
まず本作はミステリではないでしょう。物語は途中まで探偵石動とアントニオが依頼を受けて円載に關係しているあるものを探しに福岡の寺に赴くパートと、殺人事件が発生し、刑事が捜査を行っていくパートとに分かれています。
序章を過ぎて第一章の「蒼い月」は事件を暗示させる場面から始まり、いかにも普通の推理小説のように淡々と進むものですから、本作を普通のミステリと考えてしまうのも當然でしょう。しかし途中、アントニオの正体が判明するあたりから、普通のミステリでは考えられないような場面が現れいよいよ探偵の推理が始まる場面に至って、トンでもない舞台背景が明らかにされます。ある意味、これは反則ですよねえ。
嫌いじゃない、と最初に書きましたけど、反則ではない書き方というのもあると思うんですよ。その良いお手本が以前取り上げた飛鳥部勝則の「ラミア虐殺」です。
この作品も古典的なミステリの意匠を纏っていながら最後に至って傳奇小説的な背景が現れるという仕掛けでした。しかし作者は物語の冒頭にキチンと斷り書きを書いているんですよ。しかしその後に続く展開が、あまりにベタなミステリの御約束をなぞっているために、冒頭で言及されている世界觀のことなど頭のなかから消し飛んでしまっています。
そこへ後半、あのような物語の背景が飛び出してくる譯ですからその驚きたるや。そして冒頭に立ち戻ってみて、「騙された」と悔しがる譯です。ミステリとしての「騙し」ではないですけど、ある意味、メタな仕掛けではあります。
で飜って本作ですけど、序章の部分でこういう世界觀の説明があったかというと、……ないですよねえ。そこのところが不滿といえば不滿でしょうか。
それと途中、アントニオの正体が明らかにされたあと、後半は彼と惡役の鬪い、という展開になるのかと思いきや、……えっ、これで終わりなの?というような感じで物語は呆氣なく終わってしまいます。まあ、この短さでうまく纏めようとすれば、こうなってしまうのも必然でしょうか。
という譯で、ジャケの煽り文句「本格ミステリ新時代の幕開け」というのは少しばかり大袈裟ではないでしょうか、と。
アリバイ崩しっぽい展開、宝探しといったミステリ的な舞台装置は揃っているものの、完全に反則技の傳奇小説。キワモノ好きでないと手をつけてはいけません。