莫迦莫迦しい。でも愉しんでしまいました。
しかしここに「誰のための綾織」へと至るヒントを見ることが出來ます。というか、本作の構成はそのまま「綾織」が踏襲していますよ。それでも出來は遙かに本作よりも「綾織」の方が上でしょうかねえ。
まずトリックが莫迦莫迦しい。謎は魅力的なんですけど、作中作の仕掛けが甘いんですよ。そこが今ひとつ。
本作で何よりも際だっているのは、奇矯な登場人物たちをとぼけた筆致で描いているところで、皆が皆業界の人間ということもあるのでしょうけど、ハジけた人物ばかりなのです。
序章は名探偵について言及するところから始まるのですが、續く「あやしい訪問者」からは作者の巧みな筆運びに乘せられて、最後までイッキ讀みです。
波紋という男(女)が降靈會の場で予告したとおりに人が死ぬのですが、その現場というのがまた奇天烈で、家のなかの家具をすべて出したがらんどうの部屋のなかで被害者は首を吊って死んでいたという状況。
そしてその足許には首を吊るときの踏み臺にしたとおぼしきレオナルド・ダ・ヴィンチの複写本がおかれていた、……で、犯人は誰なのか、もしこの靈媒師が犯人だとしたらどうやってこの遠隔殺人をなしえたのか。もしほかに犯人がいるのであれば、この靈媒師はどうやってこの殺人を知ることが出來たのか、という、ツカミが素晴らしい謎で中盤までぐいぐいと引っ張っていきます。
その途中で登場する妹尾という探偵と、刑事がまたとぼけていてよい味を出していて、いい。
特に刑事と妹尾が登場する「名探偵登場」という章には大爆笑してしまいましたよ。
こんな吹き出してしまうような描写を、突き放したような筆致でさらりと描いてしまうところが飛鳥部氏の風格でしょうか。
こういうユーモアっぽい場面を描こうとすると、たいていの作者は自分も自らがつくりだした笑いに引っ張られて、ついつい筆を走らせてしまうものですけど、氏の描写はどんなときにも冷めているんですよねえ。またこの落差が妙におかしいのです。
探偵が登場し、ほどなくして第二の事件が発生するのですが、これもまたくだんの靈媒師は自分が殺したと宣言し、かつ死体もそのとおりの状態で発見されます。しかし靈媒師はもとより、その場所にいた誰もがその殺人をなしえる筈もないという状況に、探偵はどのような推理でこの犯行を暴くのか、……というかんじで物語は進んでいくのですが、この合間合間に、ワトソン役でもある真壁の妙に間拔けた恋愛模樣が語られます。
これがまた作者のたくらみであることも分からず、自分は騙されてしまいました。しかしどうにもミステリのトリックとしては莫迦莫迦しく、手放しで襃められるものではありません。
犯人はある意味意外だったのですけど、「終章」であきらかにされるメタな仕掛けは驚くというよりは、あくまでフェアであろうとする作者の姿勢に感心してしまいました。
確かにここに書いてある通り、ようく讀んでいれば絶對に氣がつく筈なのですけど、とにかく登場人物たちが奇天烈な言動で物語の舞台を転がしていくものだから、そんな細かいことを気に留める暇もなくすらすらと讀み進めてしまったもので、……って、これはすっかり作者の術中に嵌ってしまってことですかねえ。
ただこのメタ的な仕掛け、本作ではまだ未完成というかんじがします。いうなれば、本作は「綾織」を世に出すための習作だったのではないか、というのが自分の讀みなのですが、どうでしょう。
すでに「綾織」を讀了して、この系統の仕掛けに興味があるひとは手に取ってみても良いのではないでしょうか。一方で、あの作品はまったく受け入れられないという人は讀まないほうがいいです。
それでもミステリの仕掛けではなく、飛鳥部氏の描く妙な味の登場人物たちが釀し出すドタバタを期待している人にはおすすめです。その意味では氏の作品のなかでも一番ハジけていますから。