「……な童話」というと、恩田陸の「不安な童話」を思い浮かべてしまうのだけど(自分も危うく間違えそうになった)、今回は土屋隆夫の「推理小説」の傑作である本作、「危険な童話」の方を。
横山秀夫の「臨場」を取り上げたおり、「土屋隆夫を髣髴とさせる、よく出來た推理小説」などと書いた以上、やはり土屋氏の作品を何か紹介しておかないといけませんよねえ。
土屋隆夫といえば傑作は數多く、ここでどれを取り上げようかと迷ったのですけど、千草檢事シリーズより、本作の作風の方が新本格や最近のミステリから入ってきた人でも受け入れられる要素が多いのではないかと思うのですが如何。
事件は單純なもので、ピアノ教師の家で假釈放中だった男が刺殺されます。木曾刑事はその現場の不自然な點からピアノ教師を容疑者と見て取り調べを始めるのですが、現場からは凶器が忽然と消えており、さらには犯人はピアノ教師ではない、自分がやったという手紙が警察に送りつけられてきます。
そしてその手紙について指紋は、事件の被害者や容疑者とはまったく關係のない人物のものだった、……犯人は誰なのか、そしてもし犯人がピアノ教師であれば、凶器をどうやって犯行現場から隱したのか、そしてその手紙の意味は、さらにはその動機は……、という謎解きが畳みかけるように繰り出されます。
とにかくこの犯行現場を見た木曾刑事の着眼點などが「臨場」のそれと似ているのですよ。あくまでも現場の状況と自分の観察眼を頼りに、幾度も假説を組み立てながら犯人を追いつめていくという手法が何よりスリリングです。
各章のはじめに挿入されている詩がこのトリックに大きく關わっているのですけど、これは最後の謎解きまで分かりません。凶器を隱す方法、そしてこのトリックを使うために、長い時間をかけてあることをしていたという犯人の執念に慄然とします。
被害者の殘していた手記によって明らかにされる犯人の動機。さらにはその背後にあった關係者の哀しさなどが見事に描かれています。
事件と、それに關わる人間の哀切を描ききっているという點でも、「臨場」などは當にこの土屋隆夫が生み出した「推理小説」の正統な後繼者だと思うのですけど、どうでしょう。「臨場」を讀んだ方、是非とも本作も讀まれて、比較をしていただきたいなあ、と思う次第です。
自分は角川文庫版で讀んだのですけど、數年前、この土屋隆夫推理小説集成が創元推理版で出た時に買い直しました。
本當は角川版のジャケを載せたかったんですけど、多分ダンボールに入れて押入の奧にしまってある筈で、見つけることが出來ませんでしたよ。角川版は、女の子がニタァと笑っている結構イカしたジャケだった筈で、こちらの方がジャケ映えはするんですけど、ひらいたかこの手になる創元推理版のシンプルなジャケもなかなかのものです。
こちらの方が手に入りやすいことは勿論ですし、これまた傑作の「影の告発」も同時に収録されているので、今買うのでしたら迷わず創元推理版でしょう。