「幻想運河」や「壷中の天国」を取り上げた時に言及しておきながら未だレビューをしていなかった本作、「恐ろしい。まさに牧野修のの最高傑作」と「病の世紀」のジャケ帶で瀬名秀明がいおうが、無視します。個人的にはやはり本作のインパクトは圖拔けています。
電波、そして追随を許さない幻視力。作者のエッセンスが詰まった本作はホラーというよりは幻想小説の範疇で讀み解いてみたいところです。
既に文庫で出ている本作ですが、單行本のジャケもいかしています。ジャケ帶は篠田節子。「この物語は読む麻薬だ」と、當にその通りでして、タイトルには「芳香」とありますが、寧ろ「偏執」という言葉に比重が置かれた物語で、電波文書やトンデモのUFO信者などの妖しげな描写が際だっているところが本作のキモであります。
しかしアマゾンにある文庫版の紹介文を讀んでも本作がいかにキている物語かということはよく分かりません。
十七年前、パリで猟奇的な連続殺人事件が発生した。その残虐な手口から「パリの切り裂きジャック」と恐れられた犯人は、実は日本人だった―。ノンフィクションライターの八辻由紀子は、犯人が殺人を告白した限定本『レビアタンの顎』を手に入れた。彼は人並み外れた嗅覚を持ち、「血の芳香」に魅せられて殺人を繰り返していたのだという。この本を手にした時から、由紀子の周りでは不可解な出来事が続発するようになっていくが―。読者の五感を激しく揺さぶる、超感覚ホラー小説。
最初の方に書いてある猟奇殺人とか人並み外れた嗅覚なんてものは、この物語の中では実は添え物に過ぎません。
本作の主役ははっきりいってしまえば、電波なひとたち。何より途中に挿入されている電波文書のリアリティといったらもう、何というか。ゴシック文字で書かれているその一部を引用してみるとこんなかんじでして、
警告あります。
今のうちに操縦するのやめてください。宇宙の記憶記憶層に(アカシア記録です)大変なことがあります。やめてください。わたくし知りました。このままでは駄目です。だからある韓国電気のサモンコール宇宙で知ったこと書きました。かかせられます。あなたなら知ってくれるはずです。パラダイムを変える妨害あります。心臟が急に病気とかいった毒観念に、襲われます。大変です。やめてください。魂地獄で嘘をつく人達ですから大きな毒です。海外で毒意識を正解にチューニィングさせました。毒宇宙人用に微調整が必要です。毒違和感をやめて覚えてしまいました。問題は北斗七星系のルーツですから。有名なプレアデス情報のフレッシュ地獄見ましたか。毒鬼です。魂感じの種の全体の段階にもやはり色々な段階があるのです。スピリッツ大変です。ささくれて頭くじられます。ですから太古毒地球にならない魂肝心宇宙人ですからゴータマ見てください。……
何か自分で打ち込んでいても妙な気分になってしまいそうです。頭くじられますよ、本當に。
突き拔けているのはこういった電波文書だけではなく、アダルトビデオの中の女優を好きになった偏執サラリーマンの描写とか、ヒロインとその子供が公園で目撃した狂氣の情景とか、とにかくよくこんなことを思いつくなあ、と作者の幻視力に感心するばかりです。
そして終盤、ハリウッド映畫のようにヒロイン對惡の頭目との鬪いが繰り廣げられるのですが、この描写がとにかく素晴らしいのです。篠田節子の言葉に僞りはなく、小説で本作に匹敵するほどのものって、ちょっと思い浮かびませんねえ。「幻想運河」のドラックをキメたときの描写なんて、本作に比べればおままごとです。
文の構成によりかかることなく、文体の力だけでこれほどまでの幻想を創出する才能というのは、ある意味狂氣と同じゃないか、と思ったりするのですけど、作者の牧野氏はいたって「普通の」ちょっと變わったオジさんです(まあ、「屍の王」單行本のジャケ裏にあった著者近影は確かにキていましたが)。
漫畫だと小池桂一の「ウルトラヘヴン」。これぐらいでしょうか、本作に勝てるのは。最近二卷を手に入れたんですけど、やはり凄い。もっとも第一巻のインパクトに比べればちょっと劣るような氣もしますけど、……これを小説にしたような、といえば何となくどんなかんじが分かってもらえるでしょうか、……ってそもそも小池桂一って全然メジャーじゃないんでしょうか。アマゾンで見ても、第一巻の在庫切れのようだし、いったい出版業界というのは何故こうも歴史的な傑作を簡單に絶版や在庫切れにしてしまうのか。
と閑話休題。とにかく牧野修の入門書として、ホラー好きよりは幻想小説が好きなひとにおすすめしたい作品であります。
プログレ好きのひとであれば、BGMにアシュラ・テンペルのファーストとクリアライトのファースト「クリアライト・シンフォニー」あたりを聽きながら讀んでいただければ、どっぷりとキメることが出來ると思います。大推薦の一册。