新本格の中でもレアものとして傳説にもなっていた本作が復刊されたのを機に再讀してみました。これもリアルタイムで學生時代に讀んでいたのですけど、前回取り上げた「十角館の殺人 新装改訂版」と同様、敢えて新本格の名作としてではなく、現代本格の一冊として挑んでみたものの、その仕掛けと仕込みの素晴らしさに、やはり歴史的傑作だな、と感じた次第です。
本作を語るにはまず例のアレ、というかんじで、そのアレっぷりから、今回復刊されたジャケ帯にもある通り「バカミス」と呼ばれている譯でありますが、「バカミスと呼ぶなかれ」とある通りに、そのトリックだけに惑わされることなく、今、現代本格の一冊として本作を手に取るのであれば、寧ろ例のアレが明かされた後の展開をじっくりと堪能したいところです。
で、作者の中西氏曰く、例のアレに關してはかなりの拘りがあることを巻末の「自作解説」の中で述べておりまして、曰く、
……また、仮に完全な叙述トリックであったとしても、漠然としたヒントだけ散らすショッカー型叙述トリックと、謎やテーマを明示しておきその唯一の”解答”としてあかす本格ミステリ型叙述トリックは、弁別すべきです。闇討ちと一騎打ちぐらい、違いますから。「どんな汚い手を使ってでもだますぞ」というのがショッカー。「見破ってごらん。キレイだよ」というのが本格。そういうものだと思います。
本作でも例のアレに様々な伏線を凝らしているところが秀逸なのは勿論なのですけど、個人的にはその伏線の「裏」となる仕込みに関心至極でありまして、このあたりの妙味は上に引用した「自作解説」の文章の中にも明らかでしょう。
例えば「謎やテーマを明示しておき」というところなど、本作を讀了し、その仕掛けとこの物語の結構が明かされた後に再び目を通せばニヤニヤしてしまうこと請け合いで、「連續殺人もの」「ミッシング・リンク」という、ミステリマニアが目にしただけでワクワクしてしまう言葉を鏤めながら、その實、そもそもその言葉がまたアレであるところなど、とにかく一言一言に對する鋭敏なセンスにはもう脱帽。
物語は、「主要登場人物」表や目次に書かれている通り、マリー、裕二、純という「三つの死」に關して、密室状況での「消失」や「ミッシング・リンク」を前面に押し出しつつ、これら「一連」の事件の犯人とその犯罪構図を明らかにしていくという展開です。
「三つの」とそれぞれの章題に据えてある通りに、基本的に三つの視點を巧みに交錯させながら、「ミッシング・リンク」を解き明かしていくという結構ながら、例のアレを隠蔽する為に用意された舞台の仕込みもステキで、作者と同じ名前の人物が登場するパートでは、青臭ささえ感じさせる若者のバンド活動をフィーチャー、さらには裕二が殺されるパートでは不幸なオンナの視點から事件の核心へと近づいていくサスペンスを盛り上げていくとともに、もう一つのシーンでは續發する赤毛暴行事件をチラつかせつつ、名探偵が事件の真相を追いかけていき、――と、それぞれにメリハリのある展開で讀者を引っ張っていく構成も巧みです。
現代本格では、複数のパートが最後に連關を見せるという構成は珍しくはないとはいえ、本作では「ミッシング・リンク」というネタをクドいくらいに前面へと押し出すとともに、例のアレという極上のビックリな仕掛けを組み込んで、事件の全体構図を見事に隠蔽してみせるという技巧は今讀んでも十分に新鮮です。
特に「ミッシング・リンク」という、この物語を支えていた構図そのものが、例のアレの開示によって見事な顛倒をみせるところが、實は本作最大の魅力ではないかな、というのが今回再讀してみての感想でありまして、確かにある意味唐突に開陳される例のアレの衝撃があまりに大きすぎるゆえ、その後の「ミッシング・リンク」の顛倒にまで集中力が續かないというところがアレながら(爆)、よくよくこの構図の全体を俯瞰してみると、例のアレがアレだからこそ、「三つの死」と「三つの消失」という「ミッシング・リンク」が連關しつつも顛倒するというアクロバットが生きてくる譯で、中西氏が「自作解説」で大胆に「ミッシング・リンク」という言葉を添えてまで本作を語っているところを見ると、事件の構図そのものが顛倒を見せるという仕掛けこそが本作最大のキモで、例のアレはこの仕込みの一つに過ぎないと見ることもまた可能カモ、なんていうふうにも讀めてしまいます。
また「ひとつの解決」中の246頁で、傍点を振られて強調されているような連城ミステリを彷彿させる強烈な顛倒も、本作を現代本格の一冊として見るとその素晴らしさが分かります。さらには犯人とこの(犯人)の属性の顛倒も、上のものに絡めて見れば、その意図が見えてくる譯で、例のアレが開陳された後、「ミッシング・リンク」という本格ミステリ的な結構、役割、動機とその総てがドミノ倒しのようにひっくり返されていくという展開こそが本作最大の見所ではないかなア、と思うのですが如何でしょう。
例のアレで超吃驚、というのが本作を傳説たらしめている最大の理由ではあるものの、寧ろ、今、本作を現代本格の一冊として手に取るのであれば、その例のアレが本作の結構の中で如何様に機能しているのか、というあたりに着目した「讀み」をオススメしたいと思います。
で、本作、上の目次や登場人物表のほか、作者である中西氏の解説や、著者のことばと、一語一語にこだわりまくった仕掛けと騙しが満載でありまして、例えば著者の言葉では「人間消失」「無差別殺人(もちろん本当はそうではありません)」と本作最大のキモを讀者の目の前に掲げてみせる大胆さもまた堪りません。
今だからこそ、バカミスめいた例のアレだけではなく、その仕掛けの隅々までを堪能したくなる歴史的傑作だと思います。オススメ、でしょう。