ハチャメチャというか何というか、ある意味究極ともいえるアレっぷりが激しすぎる霞氏の最新作。「影ジェンシー」なるプロの殺し屋組織の一人が、ビルの壁面のユニコーンをかたどった突起物に突き刺さっていたという不可能状況で殺されるがさて、その犯行方法と犯人は、――という強烈な謎が冒頭に提示されるものの、とにかく最初から最後まで、殺し屋たちの決闘場面がテンコモリという結構はあまりに異様。
殺し屋たちがこれまた奇妙な連中ばっかりで、探偵を務める男の本業は医者ながら、メスや暗器を使って殺しを行うという、まア、刃物を扱う医者が殺し屋という設定は漫画でもお馴染みだしそれほど珍しくはないものの、その他の連中がとにかくヘン、というか怪しすぎます。
カエルというコードネームで呼ばれていた件の殺し屋が串刺し状態で殺されていたことから、この男が仕上げるべきだった仕事を巡って、組織の殺し屋たちが殺し合うという展開のなか、當然件の医者探偵も別の殺し屋から闘いを挑まれるのですけど、その相手というのが何と天気予報士。で、こいつが仕込み杖ならぬ仕込み折りたたみ傘を武器に挑み掛かってくるのですけど、天気予報を交えながら殺しのアクションを行うという阿呆ぶり。以下、簡単に野郎の台詞を引用すると、
「東シナ海で発生した熱帯低気圧は一時間およそ二十キロのスピードで北北西に進み、中心気圧九百五十ヘクトパスカル、最大瞬間風速五十五メートル、中心の東側七百五十キロ以内は暴風域に入るでしょう、食らえーっ!」
「フェーン現象の影響で山間部では大きな雪崩にご注意、死ねーっ!」
さらには「強風波浪注意報!」とか絶叫しながら刀を振り下ろす様にいたっては、「それが技の名前かいッ!」と思わずツッコミを入れたくなってしまうほどのアレっぷり。こんな調子で要所要所に殺し屋と殺し屋の決闘場面が投入され、その幕間に件の医者探偵がカエルの死について足を使って調査を行う、――というのがおおよその結構です。
全編、半分以上が決闘シーンじゃないのと感じてしまうほどの、奇天烈な殺し屋と殺し屋が対峙する場面の大量投入に、本格ミステリ的な調査や推理といった部分が完全に後退してしまっているところが凄い、というか、脱力ギャグを文章の随所に鏤めていた従来の風格から大きく飛躍(?)して、物語の結構全体に奇天烈ぶりとギャグをガッチリと組み込んで見せたところが本作最大の注目所、でしょうか。
しかしこの決闘シーンのすぐ後に、件の激しい闘いぶりを披露してくれた人物たちが医者探偵のインタビューを受ける、というフォーマットが秀逸で、これが数度と繰り返される中盤も、普通であればどうにも退屈に感じられてしまう聞き込みの場面がその殺し屋のアレすぎるキャラと相まってかなり愉しめてしまうところが新機軸。
決闘場面の大量投入によって、こういったミステリではある程度避けられない冗長な部分を後退させるという戦略は見事で、さらにこの奇天烈な決闘シーンにシッカリと事件へと繋がる伏線を添えているところも素晴らしい。
何だかこの殺し屋たちの、リアルというよりは完全にアッチの世界に突き抜けてしまっているところは、何だか風太郎忍法帖といった趣で、こういった奇天烈ぶりが後半に至ると、殺しのハウダニットへ見事に絡んでくるところもステキです。
個人的には、ある意味ポーのアレへのリスペクトともとれるベルナーレ井狩師匠のネタには完全脱帽で、ユニコーンの串刺しや理科室での密室という、二つの大きな不可能犯罪の他にもこういったところでさりげなくアレっぽいトリックを見せてくれているところも愉しめます。またベーカリー女の爆破には御大の作品でも定番のアレも披露したり、ダンサーの殺し屋が十二人のショッカーを従えて「ステージ・スタンバイ!」「イッツ・ショータイム!」と絶叫しながら挑み掛かってきたり、さらには「ポロロン、ポロロン」とかバラライカを弾いての語りとともに「テブの解体ショー」を始めたりと、決闘シーンに仕込まれたネタをニヤニヤしながら讀み進めるのも一興でしょう。
で、かくも決闘場面が大量投入されている風格に、肝心要の本格ミステリとしての謎解きや仕掛けはどうなのか、と心配になってしまうのですけど、後半では、探偵が足を使って稼いだ情報のほか、決闘場面に描かれていたシーンや、冒頭からの時系列などを駆使した仕掛けが明らかにされ、さらには真犯人に至っては、「霞氏がこのネタ使うの?!」と思わず目をむいてしまうようなネタまで披露しての大サービス。
串刺しトリックに関しては、霞ミステリには定番の、例によって例による相当にアレな状況が開陳されるものの、その眞相に至るまでの伏線の回収と推理の構築は「羊の秘」などの過去作に比較するとシンプルながら極上の切れ味の鋭さで魅せてくれます。
また第二の殺人ともいえる密室トリックにおいても、こちらの期待通りともいえる消去法を披露するとともに、忍法帖ネタの仕掛けを開陳して完全にアッチの世界へと突き抜けてしまった大トリックには口アングリ。犯人が指摘されても、殺し屋の決闘シーンで後半まで突き進んできた譯でありますから、ここでもワルの一人に大勢が闘いを挑むという、映画的なクライマックスで盛り上がります。
謎解きが終わっても、彼らの背後にいた殺し屋組織の操りが明かされるというサービスも添えて、さらには探偵の出自までをもネタにして、前半から意外なほどにくだくだしく述べられていた串刺し死体の動機から今回の事件の犯罪構図を炙り出してみせるという、これまたスパイ映画っぽいノリでシッカリと締めくくるところもいい。
本格ミステリとしても愉しめるんですけど、何だか風太郎忍法帖のファンだったりすると、この奇天烈に過ぎる殺し屋の決闘場面も含めて、本作の魅力を二倍三倍と堪能できるような氣がします。バカミスと自称する従来の風格から大きくハジけた本作の風格を異形と見るか、開き直りと見るか、或いは霞ミステリ的にはいつも通りのバカミスなのか、――このあたりを本格ファンがどう受け止めるのか、興味のあるところです。