何となく前評判でどんな話かは聞いていたので、本格というよりは「大冒險」とタイトルにもある通りに活劇ものとして讀み進めていったのが大正解。本格ミステリとして見ると個人的にはかなりアレながら、キャラの造詣や奇天烈な物語の舞台を愉しむことが出来ました。
物語は、和服を纏って京極路線を狙った著者近影に添えられている「受賞の言葉」にもある通り、「少々ヘンな探偵小説」で、奇天烈探偵を二人も配し、さらにはその探偵以上に奇天烈なバカ推理を大眞面目で開陳してみせるワトソン役の弁護士君たちが「鉄筋アパートが立ち竝び、福利厚生の行き届いた雲上の楽園」で発生した連續殺人事件に挑む、というもの。
二十年も牢屋に閉じこめられていた野郎が予告通りに脱獄して、復讐を遂げるために殺しまくるという結構は本格理解者が随喜の涙を流して噎び泣くような風格ながら、實をいえば、復讐とあっても物語の雰圍氣は何処かファンタジーのように飄々として、ミステリマニアに感じられるネクラっぽさは一切なし。
首無し死体がゾロリゾロリと出てくるあたりも、このテの探偵小説に期待してしまう御約束と捉えれば、「ヘンな小説」でありながら、その「ヘン」さというのも實は物語の舞台のみで、探偵小説のガジェットを鏤めてマニアを引きつけるソツのなさを見せているところは流石です。
ただ、こう、何というか、ジャケ帯に記されている「わらしべ義手探偵」の妙にハイなところやその立ち居振る舞いなどは「お前は榎木津かいッ!」と思わずツッコミを入れたくなってしまいたくなる雰圍氣だし、あるいはその軽妙な台詞の中にさりげなく皮肉やアフォリズムを添えてみせるところなどでは御手洗の呪縛も感じられたりと、一見するといかにも奇天烈に見えつつ、実際はそれらも首無し死体や密室からの脱出などと同様、探偵小説のガジェットのように出自が何となく想像出來るあたりを、マニアに對するサービスか、或いはこれをオリジナリティの欠如と見るかで評價が變わってしまうような気がします。
探偵の造詣に関して言えば義手探偵のほかのもう一人も、氣取った調子でいかにも探偵でございというかんじで登場しては、「名探偵參上」の幟を持ち歩いて町を練り歩くという寒すぎるパフォーマンスを披露、そのアレ過ぎるキャラの通りに、この御仁は中盤で見事な敗北を喫して御退場。
その後はもっぱら義手探偵とワトソンが雲上都市の連續殺人に挑むものの、脱獄した犯人の方は鉱山を爆弾でブッ飛ばすと剛氣なところを見せたりとその勢いはとどまるところを知りません。後半は探偵小説といえば、やっぱり洞窟でしょ!という期待通りに鉱山の中でも探偵VS犯人の対決が描かれるという結構です。
本作で提示されている謎は非常にハッキリしていて、まず脱獄の方法と、その脱獄方法を犯人が隠した所以は、という密室からの脱出方法という定番ネタへさらに、幽閉しておいた理由がある意味物語の全体を覆うひとつの鍵として添えられているところがキモながら、後半の推理で明らかにされるこれも、鉱山という舞台から讀者のあらかたが予想出來てしまうところがやや弱いような氣もします。
脱獄のトリックに關しては、中盤からワトソン役の語り手がかなりなバカミス的トリックを開陳してみせるところが面白く、流石に最後には眞面目なオチなのだろう、と思っていたら、義手探偵が解き明かして見せたトリックもバカミス、と、このあたりのおふざけぶりはかなりのもの。
個人的にはこの舞台にこのバカミス的な奇想は見事に合致しているとは思うものの、霞氏と比較すると、例えば探偵が感じる「違和感」という「氣付き」から推理によって眞相を開示していくまでの過程が些か唐突で、個人的にはやや物足りなかったのがちょっとアレ。この脱出のトリックに自分は霞氏の作品の某密室トリックを思い浮かべてしまったのですけど、あの作品ではトリックが明かされるまでに霞氏らしいネチッこい推理で見せまくっていたのに比較すると、やはり本格ミステリとしての「推理」を期待すると、本作にはかなりの不滿を感じてしまいます。
「脱出」トリックから連續殺人へと繋がるところに据えられた奇想に關しても、この後段へと繋がるところでは推理によって眞相に到ることは出來ないことを探偵もアッサリと告白していて、それゆえに後半では鉱山での対決という「罠」を用意する必要があったという展開からも分かる通り、本作では謎解きや推理で見せるというよりは、この奇天烈な物語世界における「大冒險」を堪能すべきでしょう。
笠井氏曰く「このトリックは現実には不可能だろう」と指摘しているのですけど、これに關しては自分も完全同意で、キワモノマニアとしては、そもそも膝が惡かった野郎がいったいどうやって監獄の中でエッチ出來たというのか、もし可能だとしたらいったいどういう体位でお前はエッチしたのか、と、思わず義手探偵に問いつめたい思いでイッパイですよ(爆)。後背位だろうが何だろうか、絶對に膝で自分の體を支えなければいけない譯で、そうなると女性上位でもない限り(牢屋だからこれは無理)、相当に膝にクるのは必定で、これだけでもこのトリックは成立しないのではないか、なんて考えてしまったのでありました。
鮎川哲也賞というと、こちらとしてはどうしても本格としての味の濃さを期待してしまうのですけど、繰り返しになりますが本作ではタイトルの「大冒険」という言葉にもある通り、人気名探偵のキャラからそのイメージを抽出して造型された奇天烈探偵のおかしさや、雲上都市のどこか童話チックな世界を愉しむ方が吉、でしょう。
何だか最近の鮎川哲也賞は獲っても第二作がチッともリリースされないというところが個人的にはかなり不滿で、山田氏にそのトリックの扱い方をダメ出しされてしまった「世紀末大バザール 六月の雪」の作者、日向氏の新作などを個人的には大期待して待っているのですけど音沙汰なし。そう考えると、何だかんだいって、京極並の執筆ペースで「高密度」の作品を立て續けに出してしまう古野まほろは凄い、のカモしれません。
[10/12/07 : 追記]
何か作者の名前でググッてみたら山口芳宏氏のサイトを見つけてしまいました。で、著者近影にある和服姿は京極リスペクトかと思いきや、サイト内の「山口芳宏の写真集」を見たら何と、これが普段着とのこと。色々な意味でカッ飛んでいる方のようです(爆)。