何か微妙にジャケのデザインも含めたたたずまいがミステリ・フロンティアに似ているなア、と感じたのは自分だけでしょうか。内容自体は古典部シリーズの連作短編で、「インシテミル」のようなハジけ方は抑制して、いかにも手堅く仕上げているところが好印象の一冊です。
収録作は、ぐうたら探偵が學校の七フシギ的な怪異をそっちのけに、日常の謎の推理に集中する「やるべきことなら手短に」、イヤっぽい数学教師の勘違いの眞相をアッサリと解き明かす「大罪を犯す」、譯ありの宿で古典部のメンバーが幽霊の怪異に遭遇する「正体見たり」、突然の校内放送の真意の解明にぐうたら探偵が勝負を挑む「心あたりのある者は」、二人きりで納屋の中に閉じこめられたぐうたら探偵が機転を利かせて救援信号を送る「あきましておめでとう」、学内での手作りチョコレートの紛失事件に各人の思惑が交錯する「手作りチョコレート事件」、シリーズ・ヒロインとぐうたら探偵の新展開を予想させる幕引きが洒落ている表題作「遠まわりする雛」の全七編。
本格ミステリ的な強度という點では、近作の長編「インシテミル」や他の古典部シリーズに比較するとやや弱めという印象を持ってしまうのですけど、事件の発生と解決というミステリ的な結構のなかに、古典部メンバーのそれぞれのキャラを際だたせてみせるところが米澤流。
「やるべきことなら手短に」は、冒頭、音楽室に現れた幽霊という學校の七フシギ的な怪異が語られ、この謎をぐうたら探偵が解き明かしていくのかと思いきや、物語は奇妙な方向へとねじれていきます。
ヒロインの登場とともに、幽霊の怪異に續いて秘密倶楽部の存在が語られ、學内を探偵しながらその倶楽部の存在を明かしていくという、秘密倶楽部の存在という謎の提示からその眞相の開示という流れだけを取り出してみればいかにもフツーのお話ながら、本作の素晴らしいところはその後の展開でありまして、このあと物語は再び冒頭の幽霊の謎が提示されたシーンを回想するかたちで、ある人物のある意図が語られるという結構です。
この前半部で奇妙なねじれをみせる結構の眞相が解き明かされた時には思わず「おまえはメルカトルかいッ!」なんてツッコミを入れそうになってしまったのですけど(爆)、謎の提示から解決という探偵小説的な結構そのものに、ある人物の意図を織り交ぜてみせるという仕掛けにニヤニヤしてしまう逸品です。
「大罪を犯す」は収録作の中では一番アッサリした一編で、キレやすい数学教師が授業中にしでかした勘違いにヒロインがさりげなくツッコミを入れてみせるものの、何でまたブチキレ先生がそんな勘違いをしてしまったのかが気になって仕方がない。そこでぐうたら探偵が鮮やかな推理を披露してみせるというお話です。ただネタそのものはいかにも小粒で個人的はちょっとアレ。
「正体見たり」もネタとしては幽霊の正体見たりという、怪異の謎を解き明かしてみせる定番ネタで、ボンクラでもその眞相は容易に解ってしまうようなものながら、この眞相によってある人物とある人物との何とも微妙な人間関係が登場人物たちの前に炙り出されるという結構がいい。またその關係を怪異の象徴であった幽霊に託して、ぐうたら探偵の内的独白としてさりげなく讀者の前へと差し出してみせるセンスも洒落ています。
「心あたりのある者は」はある奇妙な構内放送の内容の真意を、その言葉尻をネチっこくとらえながら推理していくというもので、ここでは推理がひとつひとつ段階的な飛躍を見せるところが気持ちいい。最後にはここからトンデモない犯罪が抽出されてしまうという、ある意味妄想スレスレともいえる推理の結末を、後日談でもって眞相へと転がしてみせる幕引きがステキです。
「あきましておめでとう」は、初詣という独特の場が騒動の舞台となっているためか、まず「クドリャフカ」を彷彿とさせる祝祭的な雰囲気がいい。導入部から感じられるこの何ともいえない心地よい高揚感のなかで、ぐうたら探偵とヒロインがひょんなことから納屋の中へと閉じこめられてしまうのですけど、最後にはある手を使って救援信号を外へと送って助かるという定番の展開ながら、このネタが前半部からいかにもさりげなく提示されているあたりのお洒落ぶりが泡坂妻夫の「亜愛一郎」シリーズ風。
「手作りチョコレート事件」は、「やるべきことなら手短に」にも似て、謎の提示から眞相の推理、解明というプロセスそのものにちょっとした仕掛けが凝らされている一編で、手作りのチョコレートが校内で盗まれてしまうも、その犯人は、――というのが「表」の謎ながら、實のところは推理の過程である種の奇妙な振る舞いを見せる登場人物の真意が「裏」の謎としてさりげなく描かれています。これに気がつくと後半の推理をより面白く堪能できるという結構で、この眞相を解き明かした探偵も知ることのなかった「犯人」の内心がこの仕掛けによって明かされるというオチはかなりツボ。
「遠まわりする雛」は、「手作りチョコレート事件」で隠して見せた「裏」の謎が「表」の謎の眞相を解き明かすための鍵になっているあたり、「手作りチョコレート事件」とある意味対をなしている作品ともいえ、「手作り」でのある二人の男女の関係に照応させるかたちで、ぐうたら探偵とヒロインの新たな關係を予感させる幕引きも含めて、何だかもの凄くこの後の展開が気になってしまいますよ。
古典部シリーズのファンであれば安心して愉しむことが出來る一冊ながら、シリーズ中の位置づけとして見ると「手作りチョコレート事件」と「遠まわりする雛」の二作で明らかにされたメンバーたちの内心やそれぞれの思惑、眞相の開示によってもたれさらた各人の關係の微妙な變化など、個々の事件たけではなく、メンバーたちの今後が妙に気になってしまう展開もアリと、古典部シリーズの新作を早くも期待してしまうのでありました。