傑作。とはいえこれも最近讀了した有栖川氏の最新作「女王国の城」と同様、閉鎖状況でジャカスカ人が死んでいくところはどうにもノれず、何度も溜息をつきながら讀み進めていったのですけど、主人公のどうにも冴えないボーイが探偵となって推理を開陳してからの展開が素晴らしすぎます。
高額の譯ありバイトにつられて集まった連中が、その名も暗鬼館なんてミステリマニアの心をくすぐる名前の館の地下室に押し込められて殺人ゲームを敢行、というトンデモな物語で、それぞれの個室のおもちゃ箱に入っているメモにはさりげなく名作のタイトルが添えられていたり、マニアにはお馴染みの「十戒」も見せてと本格原理主義者に對して「どうです?どうです?」とアピールしてみせる風格に、何だか米澤らしくないなア、なんて感じて讀み進めていくと最後にはスッカリ騙されてしまいます。
とはいえ自分は、このおもちゃ箱のメモに添えられている名作のあることや、或いはこの暗鬼館の構造やディテールに違和感や不満を感じてしまいまして、例えば部屋をぐるりと円形状に部屋を凝らした見取り図は綾辻氏の館シリーズみたいでそそられるものの、本格マニアに積極アピールをする風格にもかかわらず、部屋には鍵はついていないというのは如何なものか、なんて考えたりして、これじゃア本格原理主義者が三度のメシより大好きな密室がつくれないじゃないか、とか、何でインディアンの人形が減っていかないんだよ、とかまア、色々と考えてしまったのですけど、これがまた最後にトンデモない伏線となって讀者の前に提示されるという結構は秀逸です。
クローズド・サークルという舞台をこしらえて、さらには十戒やインディアンの人形までも用意してみせるという、いかにも古典原理主義に阿った雰囲気でアピールしながら、細かいところでボロを出しまくっているところは如何なものか、なんて、このあたりの細部の詰めの甘さにやや不満を憶えながらも、仕掛け天井が落ちてきてズドーン、なんていうド派手な仕掛けで驚きつつどうにか後半部まで辿り着くと、今までボケーッとしていた主人公が突然推理を開陳、しかしここで件のゲームブックのルールによって探偵の絶対性が剥奪されて「監獄」送りとなってしまうという皮肉ぶりや、さらには監獄にブチ込まれてからこの男の子のある嗜好が明かされるところではニヤニヤ笑いがとまりません。
特にこの館ならではの「必要なのは、筋道立った論理や整然とした説明などではなかった。どうやらあいつが犯人だぞという共通了解、暗黙につくられる雰囲気こそが、もっとも重要だった」という「鉄則」によって、今までの本格原理主義的な風格からは當然期待される、神のごとき探偵の振る舞いが完全否定されて監獄送りとなってしまうところなどは、何だかクローズド・サークルという外見だけから「よろしいよろしい。薄くて安い一枚皮のクレープのような作品しか書いてこなかった米澤君もここになってようやく本格推理小説の何たるかが理解出來てきたようだね。グアォドバババアアァ!」なんてかんじで讀み進めていた本格原理主義者を嘲笑しているようで堪りません。
他にも、この監獄送りになった男の子の台詞で、
「どうもね。おれたち、ミステリっぽいものを見ると自動的に鼻が利いて、余計な反応をするんですよ。無闇に怖がったり強がったり、知ったふうに一席ぶったり。そういうことじゃ社交的によくないと、空気はできるだけ読むようにしていたんですが……。(以下略)」
なんてあたりは、自らが外連味タップリの本格ミステリの登場人物であることを自覚しながら大袈裟に振る舞ってみせるカーのアレを牽制しているようでもあるしと、古典リスペクトを装いつつもどうにも斜めに皮肉に構えているところが素晴らし過ぎます。
しかしここはやはり古典原理主義者に對するニヤニヤ笑いだけではなく、推理の技巧の冴えにも大注目で、讀者の前にはあからさまなかたちで提示されている件の「ルールブック」の文言から犯人の行動原理を解き明かしていくところや、さらには一つ一つの事件の細部を繙いていくというよりは、全体を俯瞰しないと眞相が見えてこないという構図の組み立て方にも作者のうまさが光ります。
さらには讀んでいる間にずっと感じていた古典リスペクトを装いつつの違和感を「気付き」として推理の起点へと轉換させるところや、或る凶器の或る部分とおもちゃ箱のメモという物証から犯行方法と容疑者を限定していく技法など、伏線の張り方は勿論のこと、個人的には事件の構図の組み上げ方には大いに驚かせてもらいました。
連續殺人事件といいつつも、その實一つの事件に一つのトリックを割り振って物語を展開させるのではなく、「ルールブック」やおもちゃ箱の中身といった、この館を用意した或る人物の意図をも忖度しながら、全体を俯瞰して推理を組み上げていくところはやはり現代の本格というかんじで、一つ一つの事件の強度な連關が強調されているところに現代の本格としての風格が感じられた「女王国の城」と同様、やはり本作は古典作品とは物語の構造が違うという気がします。
外見はいかにもなかんじですが、一応主人公の男の子や彼がホの字と娘っ子の惚けたキャラなどはやはり米澤ワールドならではだし、最後の幕引きも洒落ています。讀む前は米澤氏がガチのコード型本格なんてなア、なんて感じていたのですけど、讀了してその狙いが分かってみれば大満足という逸品です。
中盤のコロシが連續するところが冗長に感じられたものの、これはもう、こういったところを愉しめるかという個人の嗜好に過ぎないという気もするし、後半の展開を考えればこれもアリ、でしょう。続編となるかもしれない「明鏡庭」は……、どうなんでしょう。