胸キュンメイドの萌え推理。
まずジャケからして自分のような中年のミステリ讀みはタジタジとなってしまうんですけど、メイド服の美少女ロボットという、いかにも今フウのキャラを添えて展開される軽妙なミステリながらそこは竹本氏でありますから、勿論普通のお話ではありません。
ドタバタ劇にもシッカリと世界への違和感が添えられているところや、これまたさりげなく入りかわりや操りなど現代の本格ミステリの趣向を交えて展開される物語は意外に濃厚で、輕く讀み流せる體裁を持ちつつ、その裏には竹本ワールドが完璧に体現されているところもまた秀逸。
収録作は、モジモジ君の元にやってきたメイドロボット、キララの御披露目にコロシを交えた「キララ、登場す。」、キララの夜の人格であるクララとの濃厚な女王樣プレイでマニアのエロっぽい欲求を満たしつつ、そこへ奇妙な誘拐事件を絡めた「キララ、豹変す。」、そして樣々な現代ミステリのエッセンスを大量投入して、メイド失踪事件をサスペンスフルに描いた「キララ、緘黙す。」、アイドルのストーカー事件と暗號解讀でミステリマニアを満足させつつ、最後はモジモジ君がアナルプレイで昇天する「キララ、奮戦す。」の全四編。
ロボットを絡めたミステリといえば、やはり瀬名秀明氏の「第九の日」を始めとしたケンイチ君シリーズと比較したくなってしまうのですけど、本作では難解な哲學的思弁も薄味、ロボットが「ですぅ」なんていう脱力語尾で話をするメイド故、一見すると非常に軽妙な風格です。
しかし上にも述べた通りそこは竹本氏でありますから、深讀みをしようと思えば如何樣にも出來てしまいそうなところは流石で、昼の人格と夜の人格を持ったクララの設定や、ネアカ博士が開陳する自己流ロボット三原則などをネタに、ミステリおたくだったらそこから現代思想も絡めた難解重厚な分析解析をしてしまいたくなるような作風で、……とはいえ自分はボンクラ故、そのテの難解なお仕事はとりあえずスルー、普通にミステリとして愉しんでしまいました。
個人的に興味深いと思ったのは、やはり本作の探偵がクララというロボットに設定されていることでありまして、収録作の殆どは彼女の御主人樣であるモジモジ君がヒョンなことから事件に巻きこまれ、それを最後にメイドロボットのキララが謎解きをするという、オーソドックスなミステリの結構を保ちながら、探偵であるキララがロボットであるという設定がその推理の方法に竹本氏らしい個性を添えています。
推理をするにはまず當然その道筋をつける為の手掛かりがキモとなる譯ですけど、コロシを扱った「キララ、登場す。」と誘拐事件をテーマにした「キララ、豹変す。」では、カメラアイを持ったキララが大量に蓄積された畫像データから事件の解明へと繋がる手掛かりを見つけていくのに比較して、メイドロボットの失踪事件を扱った「キララ、緘黙す。」や暗號を扱った「キララ、奮戦す。」では、事象の中からある法則を見つけ出す、という具合に、その方法に劇的な違いがあるところが興味深い。
「キララ、緘黙す。」の作中、主人公のモジモジ君が「キララはカメラ・アイなのだから、以前と違っている部分を搜すのに向いているんだ」といっているのですけど、メイドの失踪事件以降、キララが披露してみせる推理の方法には前半部と比較して大きな差異があるように思えます。このあたりに留意しつつ、メイドロボットの探偵ぶりを追い掛けるとよりいっそう本作で竹本氏がロボットを探偵に据えたことの意味合いがハッキリと見えてくるような氣がするのですが如何でしょう。
また後半は、女王様キャラでモジモジ君を大滿足させる夜の人格であるクララが推理の主導権を握っていくのですけど、ここにキララとクララはデータを共有出來ないというところも交えて、二つの人格がワトソンとホームズめいた一人二役を演じていると思しき設定も秀逸です。
誘拐事件をテーマにした「キララ、豹変す。」で扱われていたあるネタとともに、操りや入れ替わりも交えて、リアルと夢の境界も取っ拂ってトンデモない展開を見せるのが「キララ、緘黙す。」で、収録作中一番のお氣に入りを擧げるとしたらやはりこれ、でしょうか。
貯水場の怪異を冒頭に据えて、メイドロボットの失踪をネタに入れ替わりという趣向を見せれば、さらにそこへ盗聴をネタに見る者と見られる者の視點へ仕掛けを凝らしてみせ、今度はこの物語世界ならではの操り技が炸裂したりと、国家的陰謀劇からサスペンスフルな展開を見せながらその實、リアルと夢の境界線が溶解していく構成に濃厚な現代ミステリのエッセンスを大量投入した物語には大滿足。ここでも熱を出して頭が朦朧としているモジモジ君の語りが絶妙な効果を出していて、萌え萌えな外観とは裏腹に竹本世界が炸裂した一篇に仕上がっています。
ロボットと人間、リアルと夢というボーダーが搖らぎを見せる風格は、最終話の「キララ、奮戦す。」も同樣で、こちらは奇妙な暗號を送りつけてきたアイドルストーカーの正体を探っていくお話です。
ここで登場するアイドルというのが女に見えて實は男だったり、ロボットと分かってはいてもドキドキしてしまうモジモジ君が、これまたこの男アイドルにムラムラしてしまったりと、ここでもモジモジ君の主観を軸にして境界線が曖昧となっていくところは、アイドルネタという輕さを備えつつもやはり竹本氏。
暗號を一見しただけで解いてしまうキララの推理が、見えているものの違いを探り出すという前半の手法から大きな飛躍を見せているところが個人的にはツボで、今後、キララが探偵としてどのように成長していくのか期待させつつ物語はここでオシマイ。續きが讀みたいと期待してしまうのですけど、これってシリーズ化されないんですかねえ。
個人的には中年故、メイド服にはマッタク萌えないのですけど、主人公と同様、自分より年下の世代のモジモジ君であれば、女王様の人格も持った萌えメイドという設定だけで本作は買いではないでしょうか。
メイドロボットにグフグフと萌えるも良し、また萌えっぽい風格の中に世界への違和を感じるも良し、さらには現代思想も交えて難解なミステリ論を頭に思い描くも良し、という譯で、多樣な讀み方、愉しみ方も可能な一册といえるでしょう。中年マニアであれば一歩も二歩も退いてしまうジャケに憶せず、竹本氏のファンであれば絶對に買いだと思います。