極上エロミス、恥ずかし固め。
昨日「島田荘司のミステリー教室 」を讀んでからフと「涙流れるままに」でも久しぶりに讀み返してみるか、なんて思ったんですけど、本棚の何処にあるのか見つからず、結局同じエロ繋がりということで、今日はメフィスト史上最大のエロミスともいえる問題作「Jの神話」を取り上げてみたいと思います。
同じメフィストものとはいえ、やはり最近讀んだ特大地雷の「ぐげらぼあ!」に比較すると、やはり自分にはこっちの方が合っているというか何というか、乾氏の作品に共通する讀みやすい文章は勿論のこと、全寮制の女子校という、もう聞いただけでエロっぽい事件を妄想してしまう舞台設定や、後半に炸裂するポルノ小説も眞っ青な奇天烈な展開、さらには呆然唖然の眞相など、とにかくメフィスト作品中、個人的にはイチオシながら、確かに初心な本格ミステリマニアには氣輕にオススメできない作品であることもまた事實でありましょう。
全寮制の秘密めいた女子校で起こる謎の事件という、綾辻センセだったら耽美を添えた極上のアルジェント風味で構成されるであろう物語が、當に脱力の奇想に着地する後半の展開は確かに本格ミステリ的にはかなりアレ。
しかしそこは「イニシエーション・ラブ」という大傑作にして超弩級の問題作で本格マニアの度肝を拔いてくれた乾氏のこと、本作もその見てくれの奇天烈さばかりでトンデモと決めつけてしまうのは勿体ないと思うのですが如何でしょう。
確かに「黄色い部屋」からこの物語世界を覗けば本作も本格ミステリとして讀むことは出来ないのかもしれませんけど、キワモノマニアが「黄色い部屋」ならぬ「青い部屋」から本作を見ればアラ不思議、科學や醫學をトンデモへと昇華させる手法はごくごく當たり前のものへと變じ、寧ろその奇天烈さの裏で周到に巡らされた「仕掛け」を堪能することが出來るのではないでしょうか。
ジャケ裏に乾氏曰く、「本書のテーマはズバリ、神と悪魔、そして愛と死です」とあるんですけど、確かに舞台となる女子校はカトリックとはいえ、何しろ前半は百合風味が全開ですすめられる為、ついつい讀者はそちらのエロっぽい展開ばかりに目がいってしまいます。
物語のプロローグは、いきなり本作のキモとなる「ジャック」なる人物が「二つの手」によって男を絞殺する場面から始まるのですけど、再讀してみるとこの殺人シーン、乾氏は相當にフェアな描寫を意識しているのが分かります。
この「ジャック」の正体を知っていればまずもってこの殺人場面からしていったいどうなっているのよ、と考えてしまうのですけど、よくよく讀み返してみると、「二つの手」によって男を殺した殺人者が死體を蹴り飛ばすところから、満足の笑みを浮かべるに到るまでのシーンは、いかにもミステリにはありがちの描かれ方をされていながらその實、「ジャック」の眞相に近づき得るヒントも交えて、巧みな書き方がされていることが分かります。
物語はこの殺人のあと、ヒロインの一人である娘っ子が全寮制の女子校に入覺、學校での不可解な死や秘密めいた生徒會の実態を暴いていく場面と、二人の娘が不審死を遂げた父親からその眞相を探ってもらいたいと依頼を受けた女探偵の場面とが併行して描かれていきます。
前半は、娘っ子のシーンでイッパイの百合風味を添えつつ物語は進み、女探偵の場面では事件の真相へと繋がる醫學知識なども開陳しつつ、後半に爆發する奇天烈な眞相の伏線を張り巡らせていくという構成なのですけど、キワモノマニア的にはやはり娘っ子がエロっぽい魔道へズルズルと引き込まれていくところが見所でしょうか。
前半のエロが娘っ子の百合風味だとすれば、後半で大暴れをするのが女探偵で、全身黒づくめの探偵女がゲス野郎に捕まってしまいアレされて、……というシーンはメフィスト史上、否、ミステリ史においても極上のエロさでありまして、そこのところを軽く引用するとこんなかんじ。
「やめてっ!」
鮫島の手がタイツへと掛かり――そして下着もろとも、一気にこれも足首まで引きずり下ろされる。
下半身の肌が露出している。
「ホウ。下着まで黒なんだ」
鮫島はさらに、美音子の上体を仰向けにさせると、縛られた両腕をグイと持ち上げて、膝が肩にくっつくまで、彼女の身体を思いっきり折り曲げた。そうして美音子に、実に屈辱的なポーズを取らせた。
やめてっ――美音子は声も限りに叫んだ。見られているということよりも、濡れた服を着ていたために蒸れていた、そこの匂いを相手に嗅がれるのではないかという懼れのほうが、彼女を辱めていた。両腕の力で相手の身体をはね退けようとする。しかしガッチリと抱え込まれていて、どうにもしようが無かった。
フランス書院でもグリーンドア文庫でもない、天下の講談社でこういうエロっぽい作品がリリースされるというのがそもそもの奇蹟なんですけども、勿論、本格ミステリでエロっぽい風味がイッパイに添えられている場合、そこには何か「仕掛け」があることを疑うのがミステリマニアでありまして、本作も島田御大のアレとか泡坂氏のアレなどを挙げるまでもなく、この全編に展開される極上エロスが殺人者ジャックの眞相へと繋がり、ひいては後半のオチへとシッカリ絡んでくる譯です。
確かにその奇想から本作をミステリとしては落第、寧ろSFとして愉しむべきなのでは、みたいな意見も納得は出來るんですけど、やはり個人的にはこの奇天烈な眞相へと到る伏線とその語りの周到さを堪能しつつ、ミステリとして讀むというのもアリなんじゃないかなア、という氣がします。
もっとも科學知識がトンデモな奇想へとハジけるところや、全編これエロと變態のフレーバーをきかせた物語は、當に「青い部屋」の正統な後繼者ともいえる出来榮えで、キワモノマニア的にはこのトンデモな眞相もノープロブレム、個人的には再讀でも十二分に愉しむことが出來ました。
物語のモチーフに「イニシエーション」が絡んでいるところから、乾氏が發表したこの後の作品群との共通性を探るもよし、キワモノマニアらしく、そのエロと奇想を堪能するもよし、と實は色んな愉しみ方が出來る作品なのではないでしょうか。キワモノマニアで本作を未讀という方はいないと思うんですけど、我らが女王、戸川センセの信奉者であればマストかと。