不条理博覽會、小市民の生地獄。
全シリーズ讀破を目指している出版芸術社のふしぎ文学館シリーズですけど、今回は輕め乍ら敬愛する藤子Aセンセにも通じる不条理と惡魔主義、さらには式貴士的なB級テイストが堪らない、高井信氏の「ダモクレス幻想」を取り上げてみたいと思います。
ふしぎ文学館のシリーズ中、一段組の構成と輕妙な物語展開、さらにはそのバカバカしいほどに奇天烈な着想に引き込まれてグイグイと讀んでしまえる収録作は、トイレで用を足しているといきなり劍が頭上に登場、小市民がゲロ吐いて頓死という身も蓋もないラストも素晴らしい表題作「ダモクレス幻想」、自分と同姓同名の作家がデビューしたことに有頂天となったワナビーがつかの間の天國を見る「第二走者」。
壁にぶつかるの言い回しがそのマンマ現実世界で小市民に降りかかる不条理を描いた「挫折の果て」、厭なことは聞きたくないという小市民の願望がリアルで實現する地獄「幸福地獄」、不幸の星に生まれた小市民が怪しげなアングラ研究所に絡め取られた末路「不運の星」、自分の目ン玉がトンデモないことになってしまった男の奇天烈な受難を描いた「瞳の奧に……」、世界の時間を統べる懐中時計を巡る奇妙な顛末が人類の終末にまで發展するバカ奇想物語「懐中時計」。
テーブルトークRPGにはまった人妻がリアル生活にもルールを持ち込んだ結果のトンデモを描いた「ロールプレイング・ワイフ」、小市民のワナビーを襲った意識の空白に込められた謎とは「搖り返し」、主觀の時間が生き地獄の走馬灯となって小市民を襲撃するラストが痛快な「至福の時」の全十編。
モジモジ君や夢ばかりがデカ過ぎるワナビーなどの小市民を物語の主人公に据えて、彼らが不条理な出來事に襲われるさまをニヤニヤと覗き込むという趣向の作品が殆どで、その中でも奇天烈度という點ではやはり表題作の「ダモクレス幻想」が印象に殘ります。
和式トイレにまたがって用を足していたら突然ブルッとおぞけを感じて上を見ると、でっかい劍がこちらを向いてブラ下がっているという奇天烈な発想がまずマル。そしてテレビのニュースでは、密室で刺殺された奇妙な殺人事件が勃発、どうやらそこに自分の頭上にブラ下がっていた劍と同じ怪奇現象が關係していると主人公は睨むのだが、……という話。
何故こんな奇妙な現象が起こるのか、というその原理は明らかにされても解決策は一切なし、不条理な現象の根本的な因果關係はいっさいすっ飛ばしたまま物語は惡魔主義的な悲惨さに黒い笑いを交えて唐突に終わります。
ジャケ帶に筒井御大曰く「主人公が悲惨な目にあえばあうほど、読者はわくわくするという奇妙な効果がある」と述べているのですけどまさにその通りで、本作に収録された短篇のほとんどはその系統。さらにこのコ難しい説明を省いたまま小市民が酷い目にあうお話という直球勝負ですべてが強引に進められる展開が自分的にはツボで、「幸福地獄」の主人公となる小市民もまた二股をかけた因果か、これまた不条理な現象に見舞われてしまいます。
この怪奇現象というのが、自分に都合の惡いことは聞こえなくなる、というもので、惡いことが聞こえないばかりにこの主人公である小市民は當然二人の女性にはフラレてしまうのですけど、この受難を惡魔主義的視點から見た幸福へ結びつけてしまう強引さがこれまた堪らない一作です。
非現實的な現象をSF的な奇想というよりは寧ろふしぎ小説的な趣向で纏めたのが「第二走者」で、主人公はSFの熱心な讀者であからさまに創作を趣味にしているとは述べてはいないものの、とりあえずは「一度くらいは自分の小説を商業誌に載せたい」と考えている小市民。
毎月讀んでいるSFの專門誌に自分と同姓同名の作家がショートショートを掲載していたことにスッカリ嬉しくなってしまった主人公は行きつけのスナックのママさんに、これは自分の書いた小説だと嘘をついてしまいます。しかしある日、このママさんの繋がりで雜誌社の編集者が本当に執筆の依頼をしてきて、……という話。ワナビーが見たつかの間の天國が霧散していく非情無情が効いたオチも見事で、奇想と幕引きが見事な味を出している傑作でしょう。
アイディアとバカバカしさという點では、「ロールプレイング・ワイフ」もお氣に入りの一編で、主人公の妻がテーブルトークRPGにハマってしまい、このルールを實生活にも持ち込んでしまうというくだらなさがいい。家事をするにもいちいちサイコロをふってその結果を判定してからコトを行うという、所謂生活全体をRPG化した結果、トンデモないことが發生して、……。
小市民ものには御約束のブラックテイストがもっとも効いた一編が「不運の星」で、高校を卒業して就職した会社が軒竝み倒産という、當に不運續きの独身男がある日、前の會社の同僚と再會するのですけど、この男が昔とは違って當に右肩上がりの人生を謳歌していたというから、ダメ男としてはその人生変革の祕訣を何としても聞きたいところ。
で、男の話によると、何でも街角で声をかけてきた奇妙な男から印鑑をもらったら人生が一變してしまったと。こいつはよくある靈感商法で、この男もネズミ講みたいに自分をカモにしているだけなんだろう、なんて半信半疑の気持でその友人から紹介された「不運研究所」なるところに行ってみると、……。
とびきりの不運の星に生まれたと宣告された主人公は印鑑から始まり、幸運来之介なんて名前に改名をしてみたもののまったく効果は表れない。やがて研究所からのオススメはドンドンとエスカレートしていくのですけど、ラストは説明不要の黒い笑いに包まれてジ・エンド。まさに藤子Aセンセテイストが爆發した逸品でしょう。
一發ネタを全力投入して短篇に仕上げた技が光る好編揃いで、小市民の終わりなき地獄走馬灯で締めくくるというブラックな「至福の時」を最後に据えた構成も素晴らしい。で、あとがきに曰く、このセレクトと配列を行ったのは、キワモノマニアの神、溝畑氏。去年は「べろべろの、母ちゃんは……」だけだったふしぎ文学館シリーズですけど、今年こそは本稼働、複數册のリリースでキワモノマニアの渇きを癒やしていただきたい、と期待してしまうのでありました。